第32話
第三十二話「鬼ごっこ」
「私、ダナの家へ行くわ。メイ、案内して」、ヒカジが言った。
「僕はこのシステムを止める。そのあとバトと一緒に追いかけるよ」、イラムはヒカジに告げた。
「了解。じゃ、あとで合流しましょう」、ヒカジはそう言って、部屋を出て行った。
「ゴースト、システムの止め方を知ってるか? 鬼ごっとにはもう十分な人数がそろっただろ」、イラムはゴーストに言った。
「システムの止め方など、私は知らない」、ゴーストは言った。
「じゃ、動かし方なら知っているか?」
「知ってはいるが、お前に教えるつもりはない」
「なんだと! 無意味な人間を作ってどうするんだ!」
「命あるものに、無意味なものなどないのだ」
「外の彼らに生きている意味があるのか?」
「ある!」、ゴーストはきっぱりと言い切った。
「イラム、ぼくもあると思う」とバトラーが口を挟んだ。
イラムは冷静になって考えた。「確かに、命は大切だ。彼らが生きている限り、それを否定することはできない」
「そうだよね。どんなに小さな命だって、大切にしなきゃいけない。マリアはそう言ってた」、バトラーは言った。
「うん。確かに。マリアは人工頭脳なのに、命あるものにはちゃんと敬意を払っていた。雑草にだって愛情を注いでたね」
「ぼくは本当はロボットだよ。スイッチを切れば動かなくなるんだ。イラムだって、こんなぼくのこと大切にしてくれたじゃないか!」
「でも、このまま知能のないブレイノイドを作っても……」、イラムは言葉を詰まらせた。
伊良夢は部屋の奥にあるマシーンの方へ近づいた。すると、ゴーストも走り出し、伊良夢を追い抜いてマシーンの前で立ち止まり、マシーンの操作台の赤いボタンを両手で覆った。
「それが始動ボタンか?」、イラムはゴーストに尋ねた。
「ち、違う、これではない!」、ゴーストはムキになって叫んだ。
イラムは片手でゴーストの腕をつかみ、もう一方の手を始動ボタンに伸ばした。
「やめろ! お前は鬼ごっこの面白いさを知らんのか! 私の楽しみを奪うのか!」、ゴーストは暴れながら訴えた。
イラムはボタンにかけた手を離した。
「ゴースト、あとで一緒に遊んであげる。鬼ごっこをして、かくれんぼをしよう。なっ!」、イラムは小さな子どもを諭すように言った。
「ほんとに遊んでくれるのか!」
「もちろん。みんなで遊ぼう」
「かくれんぼ、とはなんだ! 鬼ごっこより面白いのか?」
「面白いぞ!」
「あいつも一緒にやっていいのか? バカだからルールは覚えられないが」、ゴーストはゼットを指して言った。
「ゼットも友達だ。大丈夫!」
「ともだち?」
「そう、僕たちはみんな友達だ」
「と、も、だ、ち」、ゼットがうなずきながら言った。
「ほら、ゼットも言ってる」
「そうだな、お前たちの友達になってやってもいい」
「ボタンを押してもいいかい?」
「友達の頼みは聞いたほうがいいんだよ」とバトラーが言った。
「許可する」
「ゴースト、ありがとう」、イラムはそう言ってマシーンの起動ボタンを押した。
マシーンは唸りが段々と遅くなり、マシーンの各所のランプが消えた。床の穴の奥から金属のぶつかる音がなり、やがて静かになった。
「よし、ダナの家へ向かうぞ! そうだ! 鬼ごっこしながら行こう!」、イラムは提案した。
「ならば、まずはお前が鬼だ!」、ゴーストはバトラーを指差した。
「えー! なんでぼくが鬼なの?」、バトラーは不満をぶつけた。
「みんな、逃げろー!」、イラムが叫ぶと、ゴーストとゼットは階段へ走り出した。
「十まで数えてから追いかけて来い!」、ゴーストは喜んで走り去った。
「いーち、にーい、さーん……」、バトラーは不満ながらも数を数え始めた。「じゅーう!」
バトラーはみんなを追いかけて走り出した。初めは不満だったバトラーも、みんなの姿が見えると楽しくなってきた。
「待てー!」、バトラーは笑顔で叫んだ。
最初に捕まったのはゴーストだった。
「つ、か、ま、え、た!」、バトラーは言った。
「おい、お前たち、このままでは私は不利だ。この小さな体では速く走ることは不可能だ。誰も捕まえられないし、すぐに捕まってしまう。ハンディキャップを要求する!」とバトラーが言った。
すると、ゼットがゴーストに近づき、彼の体をつかみ、肩に乗せた。
「ゴースト、ずるいぞ!」、イラムが叫んだ。
「これが私のハンディキャップだ! ゼット、奴らを捕まえろ!」とゴーストが言うと、ゼットはドタドタと走り出した。
「逃げろー!」、バトラーが叫んだ。
鬼ごっこは続いていた。そこでイラムは異変に気づいた。
「つかまえたぞ!」、ゴーストが言った。
ゼットにつかまれたイラムは遠くを見ていた。
「火事だ」とイラムは遠くの家を指差した。
正面の家が燃えていた。イラムは周りを見渡すと、ゼットの肩に乗っているゴーストもぐるりと周りの空を見た。
「あそこからも煙が出ている」とゴーストが遠くを指して言った。
バトラーは壁を伝って家の屋根に登った。「イラム、周りは火事だらけだよー」と屋根の上から叫んだ。
「何が起こってるんだ?」とイラムがつぶやいた。
するとそのとき、路地から何者かが突然現れた。
「危ない!」、ゴーストは叫んだ。
ゼットは間一髪で炎を避けた。路地から現れた者は火のついた松明を持って笑っていた。
「おい! 鬼ごっこに火をつけるルールはないぞ!」とゴーストは松明男に注意した。
イラムは危険を感じ、ゴーストを肩に乗せたゼットとバトラーに松明男から離れるように命じ、走ってその場から退いた。幸い、松明男は追いかけては来なかった。
すると今度は別の男が松明男に近づいた。次の男は手に火のついたビンを持っている。火炎瓶男は松明男に持っているビンを投げつけた。火炎瓶男は笑っていた。驚いたことに、火だるまになった松明男も笑っている。さらに、松明男は炎に包まれながら笑って、火炎瓶男に火をつけた。炎に包まれた二人は狂ったように笑っている。
「何が起こってるんだ?」とイラムは驚愕した。
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