第31話

第三十一話「廃墟」


 伊良夢は朝、目覚めた。昨日のヒカリとバンダナの話は夢のように思えた。嫌な予感がした伊良夢は、母の部屋へ向かった。

「母さん、起きてる?」と伊良夢は不安気に母の部屋をノックした。嫌な予感は当たった。ドアを開けると母はいなかった。昨日、帰宅したとき、母はすでに寝ていると思っていた。ヒカリとバンダナの突飛な話を信じられるはずもなく、普段と変わりない平穏な心境だったが、母の失踪となると、昨日の奇想天外な話も真実味を帯びてくる。伊良夢はリビングに向かい、電話を取った。母の携帯電話の番号を押した。

「ん?」

 伊良夢は電話が通じていないことに気がついた。念のため配線を確認したが、配線は壁のジャックにつながっている。まだ、朝の早い時間、部屋の中はまだ暗い。伊良夢は暗い中での電話機の操作ミスかと思い、部屋の電気をつけた。

「つかない」

 伊良夢は家の蛍光灯やテレビ、あらゆる電気機器を試したが、どれもつかなかった。試しに水道の蛇口をひねってみた。水は出なかった。キッチンのレンジのガスもだめだった。

「どうなってるんだ?」

 伊良夢は服を着替え、外に出てみることにした。玄関で靴を履き、ドアを開けた。道路に出たが何も変わらない朝だった。大通りまで出た。いつも通りの静かな朝、ただひとつ違っていることがあった。

「誰もいない」

 そろそろ通勤、通学の時間なのだが、通行人も車も、まったく人の気配がなかった。

 伊良夢は伯父のオカチマチなら何か知っていると思った。彼はそのまま伯父のいる脳科学研究所へ向かった。


「どうなってるんだ?」

 伊良夢は脳科学研究所に着いた。しかし、昨日まで高層ビルだった研究所の建物は、古びた小さなビルに変わっていた。

 正面の入り口は閉まっている。彼はビルの横にらせん階段を見つけた。その階段から上がり、非常口を一階ずつ調べた。四階の非常口が少し開いている。伊良夢はドアを押した。しかし、ドアの向こうに障害物があり、それ以上開かない。その隙間からは入ることはできなかった。彼はあきらめて上階を目指した。ビルは七階まであった。入れそうな非常口はない。伊良夢は屋上へ出た。そして、辺りの風景を見渡した。

「なんだ、これは!」

 伊良夢は驚愕した。町はほんの数区画で、その向こうには荒廃した町があった。崩れたビル、倒れた塔、切断された高速道路、廃墟と化した町の空にカラスが飛び交っている。伊良夢は取り残された町を観察した。自分が育った町と少し違っている。

「ここはどこだ?」

 振り返ると屋上にドアを見つけた。伊良夢はドアへと向かった。ドアノブに手をかけ、回した。ドアが開いた。扉の向こうに階段があった。彼は階段を降りた。その先の壁が崩れている。崩れた壁を乗り越えると、そこに部屋があった。部屋は荒れ果て、棚は倒れ、天井の板ははがれ、蛍光灯がぶら下がっていた。部屋を見渡すと、崩れた壁の反対側に古いコンピュータらしきシステムがあった。モニターとキーボード、ボタン、ツマミ、メーター、インジケーターが並んでいる。そのすぐ横にロボットが二体、折り重なって倒れてた。二体のロボットは錆つき、アームや脚はボディから外れている。部屋には窓がない。伊良夢はこの部屋のことを思い出した。

「ここはゲームの中の部屋だ。このロボット、バトラーとメイディ」

 伊良夢は伯父にもらったゲーム『YURIKAGO 』の記憶を呼び起こした。奥に通路があり、その途中に寝室がある。彼は記憶を頼りに進むと、やはりそこに寝室があった。通路の壁は崩れ、外の景気が見える。ドアは壊れ通路に倒れている。部屋をのぞくと、ゲームの主人公が眠る安眠装置『ユリカゴ』があった。伊良夢は通路の先に進んだ。先にはプラントルームがあった。ドーム型の天井は半分崩れ落ち、コンクリートの隙間からは外の光がもれている。天井の隅に球体を見つけた。

「人工太陽、ゲームのまんまだ」と伊良夢はひとりつぶやいた。

 部屋は七階。伊良夢は階下への通路を探した。通路はすぐに見つかった。メインルームに横たわった棚を避けると、そこに階段があった。階段を降りながら、頭の中を整理した。昨日のヒカリとバンダナの話、ブレイノイドは存在する、母はアンドロイド、犬が話す、誰もいない町、消えた高層ビル、遠くに廃墟の町、ゲームの中の部屋、壊れたロボット、安眠装置ユリカゴ……あまりにも断片的で整理のしようがない。これが現実とは思えない。これは夢だとしか思えない。

「そうか、これは夢なんだ!」と伊良夢は自分自身に言い聞かせた。

 六階へ来た。壁のない空間、部屋の奥に巨大な四角い箱、割れた筒状のガラス……。伊良夢には想像もつかない物ばかり。

 五階に降りた。廃墟となった手術室、手術台がひとつ。別の部屋には空の水槽ばかり。

 四階。古い大型コンピュータ。三階。小さな部屋に見慣れない実験器具。二階、一階、廃墟。

 伊良夢は地下への階段を見つけた。階段を降りた。ドアのあった枠をくぐり抜けると円形の巨大な工場のような施設があった。ここも天井が崩れ、光が差し込んでいる。階下のフロアにユリカゴらしきポッドが並んでいる。下へ降りる階段は途中で寸断していた。伊良夢は円形工場の周囲の通路を通り、ひとつ目のドアを開けた。隣の部屋もやはり円形型の工場施設。通路に沿って進むと、下のフロアへの階段があった。伊良夢は階段を降りた。円柱形のガラスがいくつもあった。いくつかは赤い液体が入っている。そのとき、遠くで物音がした。

「誰だ!」と伊良夢は期待して叫んだ。

 天井の隙間から光が差している。光はフロアに人型の影を残した。

「あなたは誰?」と伊良夢はもう一度大声で叫んだ。

 壁に大きなシルエットが映った。それは三メートルほどの巨大な人型だった。

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