第30話

第三十話「コピー」


 手術台に乗っていた人型の顔は、イラムの顔と瓜二つだった。

「これは僕の顔だ」、イラムは言った。

「そっくりだわ」、ヒカジが言った。

 イラムは混乱していた。

「僕はこいつのコピーなのか?」

 イラムはふと自分の手を見た。左手の指先に傷があり、血がにじんでいた。

「あれ? 治ってない」、イラムはマリアの部屋の地下室で切った指先を見て言った。

「ずいぶん時間は経っているわ」、ヒカジが言った。

「ブレイノイドならとっくに治っているはずだよね」とイラムは言った。

「もしかしたら、あなたがここに乗せられる予定だったのかもしれないわね」

「僕が人間だと仮定すると、人間の僕を培養元にしてブレイノイドを生産させるって計画か」

「あなたそっくりのブレイノイドがここにいるということは、あなたの体を元にもう培養が行われたということ?」

「何者かが培養元を人間ではなく、ブレイノイドにすり替えた」

「見て、体中にピンク色の斑点があるわ。細胞を抽出した跡よ」

「空のデータのブレイノイドから生まれたから、外の者たちは無表情なんだ」

 そのとき、上から中央を人の形にくぼませた金属パネルが降りてきた。パネルの裏側にはたくさんの細いパイプがつながっている。それは手術台の人型にかぶさった。金属パネルの下から、シュッという吸引音が何度も聞こえた。

「細胞を抽出しているのね」とヒカジが言った。

「イラム、あっちに腕や足の入った水槽があるよ」、バトラーは別の部屋で見たことをイラムに報告した。

 イラムとヒカジは手術室を出て、他の部屋を探った。バトラーが見つけた「腕の部屋」には赤い液体に浸された腕の入った水槽がいくつもあった。隣には「足の部屋」、頭や体、臓器など体のパーツごとに部屋があり、それぞれのパーツが赤い液体の中で培養されている。

「これらの培養が完成すると、組み合わされてブレイノイドになるんだ」とイラムが言った。

「上の六階で組み立てるみたいね」とヒカジは言った。

「上へ言ってみよう」、イラムが提案した。


 六階はオープンスペースで壁がない。床の二箇所に穴が空いている。左側の穴の向こうには空の水槽があった。二つの穴はレールでつながっている。レールの中央にはユリカゴがひとつあった。ユリカゴの奥の壁側には巨大な銀色の箱型の機械がある。

「やはりここで組み立てられるようだ」とイラムは部屋を見渡して言った。

「私たち、どうすればいいのかしら」とヒカジがつぶやいた。

「このまま空っぽのブレイノイドを誕生させ続けてもいいのかしら?」とメイディが言った。

「でも、外の人たち、悪い人じゃないよ」とバトラーは言った。

 そのとき、ドスンという鈍い音がした。ゼットの足元に何かが落ちた。

「あ! 君はゴースト!」とイラムが叫んだ。

「私には名前などない」とゴーストはゼットの足元に隠れながら言った。

「どうやってここへ来たの?」、ヒカジが尋ねた。

「もしかして、教会の子どもは君か?」、イラムが尋ねた。

「もう少しで焼け死ぬところだったのよ!」、ヒカジは強い口調で言った。

 ゼットはゴーストをかばうように両手を広げて彼を守る素ぶりを見せた。

「ゴースト、君は教会で何をしてたんだ?」、イラムが尋ねた。

「お、お前たちは鬼ごっこを知らないのか?」、ゴーストは怯えながら言った。

「ゼット、教会からずっとそのマントの下にゴーストを隠してたのか?」、イラムが尋ねた。

「ゼロ、ゼロ!」、ゼットは言った。

「ゼロ? ゴーストのこと? あなたゼロっていうの?」、ヒカジが尋ねた。

 ゼットは首を細かく縦に振った。

 しかし、「何度も言うが、私には名前などないのだ!」、ゴーストは言い張った。

「そういえば、教会に行く前、ゼットは『ゼロ、ゼロ』って何かを探してるみたいだったよ」、バトラーが思い出した。

「ゼット、君はどこから来たんだ?」、イラムはゼットに尋ねた。

「ゼロ!」、ゼットは一言ではっきりと答えた。

「こいつはバカだ。脳ミソが足りないのだ。そんなことを聞いたところで答えられるはずがない」、ゴーストは生意気な口調で言った。

「はずがない」とゼットは真似をした。

 ゼットは首に巻いたベルベットの布を裸のゴーストの体に巻きつけた。

「お前はバカだから、私が教育してやる」、ゴーストがゼットに言った。

 するとゼットは笑顔でうなずきながら、「きょーいく」と言った。

「ゼットは火事からあなたを救ったのよ。ありがとうはないの?」、ヒカジがゴーストに説教をした。

 ゼットは、「ありがとう、ありがとう」と何度もゴーストに頭を下げた。

「ゼット、あなたじゃなくて……」、ヒカジはあきれてしまった。

「ゴースト、君はここの地下で生まれたのか?」とイラムはゴーストに尋ねた。

「私は生まれてなどおらぬ。存在すらないのだ」とゴーストは答えた。

「どうやって、その言葉を覚えたの?」、今度はヒカジが尋ねた。

「言葉など覚えではおらぬ。最初から授かっていた」とゴーストは答えた。

「まったく話にならないな」とイラムは両手を広げて首を傾げ、ヒカジの顔を見て言った。

「お前たちは私が作ったのだ。礼はないのか?」とゴーストはイラムとヒカジを交互に指差して言った。

「なんだって? 君が僕とヒカジを?」とイラムは驚いて言った。

「そうだ。たくさん作ってやった」とゴーストは言った。

「たくさん? ちょっと待って、もしかしたら、あなたが外の人たちを作ったの?」とヒカジは聞き返した。

 ゴーストは黙ってうなずいた。

「何のために空っぽのブレイノイドを作ったんだ?」とイラムが尋ねた。

「お前たちもバカなのか? 鬼ごっこはひとりではできないのだ。そんなことも知らないのか?」とゴーストは堂々とした態度で言った。

「まさか、ダナの家もブレイノイド工場ってこと?」とヒカジがつぶやいた。

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