第29話

第二十九話「アンドロイド」


「ゼロはグリーンアップル島でムタチオンを集めて様々な研究をしていたの。そこでオカチマチ博士も研究に加わったわ」

「伯父さんの研究所はグリーンアップル社だ」

「そう。博士の会社の前身ね。私と猫のあなたも島に行ったわ。そこに人間の姿のヒカリがいたのよ」

「つながってきたな」、伊良夢はうなずいた。

「そこで真実を聞いたの。ゼロは、未来で人類は滅びる、と言ったのよ」

「ブレイノイドは人類滅亡を食い止めるってことか。伯父さんがブレイノイドを開発し、僕たちムタチオンがブレイノイドに生まれ変わったってわけだ」

「まだ、あなたたちがブレイノイドに生まれ変わったという確証はないわ」、バンダナが言った。

「でも、あの事故から半日で再生したのよ」、ヒカリがつけ加えた。

「確かにブレイノイドなら再生も早いわ。だけど、オカチマチ博士ならそれくらいの技術は持ってるはず」、バンダナは言った。

「博士なら生身の人間でも外的処置で治せるかもしれないわ」、ヒカリはうなずいて言った。

「それよりも大切なことをあなたたちに話さなければならないの」、バンダナは二人の顔を順番に見た。

「え? 私にもまだ知らないことがあるの?」、ヒカリは聞いた。

「二人とも落ち着いてね」

 二人は深くうなずいた。

「伊良夢、あなたのお母さんの衣舞さんは……アンドロイドなの」

「え? まさか?」、そう答えたのは伊良夢ではなく、ヒカリのほうだった。

「阿南博士も衣舞さんと同じ、人工知能を持ったアンドロイドなの」

「そんな……信じられないわ」

「ブレイノイドにもとの脳の記憶を移すとき、一度コンピュータにデータを保存するの。そのコンピュータには人工知能が搭載されていて、データを保護するの。伊良夢のデータを保存する役割を担うのが衣舞さんのAIのマリアシステム。ヒカリのは阿南博士のダナシステムなの」

「それじゃ僕たちはもうブレイノイドってことじゃないか?」

「いいえ、ブレイノイドに生まれ変わる前からAIシステムで管理する必要があるの」

「あ!『YURIKAGO 』が管理システムってこと?」

「そう。あなたたちの頭脳データを集めてるのよ」

 ヒカリは下を向いて黙っていた。

「ブレイノイドになってるかどうかは不明ってことか。だけど、ブレイノイドになって何をすればいいんだ?」、伊良夢はバンダナに尋ねた。

「何をするわけでもないのよ。人類滅亡を食い止める目的だから、普通に暮らしているだけでいいのよ」

「なんだ、そうなのか。じゃ、普通の人間だろうがブレイノイドだろうが変わらないんだな。それほど、騒ぐこともないわけだ」、伊良夢はあっけらかんとしていた。

「ここまでで、どう? 信じられる?」、バンダナは尋ねた。

「信じられないわ。パパがアンドロイドだなんて」、ヒカリが言った。

「信じられなきゃ、信じなくてもいいんじゃないか? 僕だって信じられない。だけど、アンドロイドだろうが普通の人間だろうが、僕はこれまで母さんと暮らしてきた。その事実は変わらない。もしこのあと記憶を消されたって、僕は母さんに育てられて、今ここにいるんだ。僕は僕が見てきたものを信じる。これは必要ない」、伊良夢はそう言って、襟元の赤い翻訳ボタンを外し、地面に叩きつけて踏んづけた。

「あ! バンダナさんと話せなくなるわ」、ヒカリは慌ててボタンを拾いあげた。しかし、もうそれは壊れていた。

「信じられないのも仕方がないわ。だけど、私はあなたとずっと話したかったのよ」、バンダナは翻訳ボタンをなくした伊良夢に、ずっと待ち望んでいた気持ちを話した。伝わるはずはないとわかっていながら。

「これからも、ずっと話せるさ」、伊良夢は言った。

「え? バンダナさんの話がわかるの?」、ヒカリは尋ねた。

「翻訳機なんてなくても、僕にはバンダナの言葉がわかる」

「ほんとに? いつから?」、バンダナは目を潤ませて尋ねた。

「僕が言葉を覚えた赤ん坊のころからかな? そんなの覚えてないよ。いつも話してただろ? 幼いころさ、普通の人にはバンダナの言葉が通じないのが不思議だったんだ。だけど、他の犬の言葉はわからない。だから、僕とバンダナだけに通じる信号みたいなものなのかと思ってたよ」、伊良夢は言った。

「オカチマチ博士も翻訳機なしでバンダナさんと話せるわよね」

「グリーンアップル島にも動物と話す子がいたわ」

「とにかく、僕が信じられるのは、母さんと父さんと伯父さん、バンダナ、ヒカリ、それに何人かの友達。猫だったとか、ブレイノイドだとか、そんなことはどうでもいいんだ。僕には人類を救えるほどの力はない」、伊良夢はきっぱりと言い切った。

「あなたらしいわね」、バンダナが言った。

「だから、ヒカリも阿南博士がアンドロイドだとか、そんなの信じなくていい。僕はおじさん大好きだ!」、伊良夢は言った。

「ありがとう。私も衣舞さんのこと、アンドロイドだって聞かされたけど、アンドロイドだなんて思ったことは一度もない。今でも信じられないもの。アンドロイドだって、人間だって私はパパも衣舞さんも大好き」、ヒカリにようやく笑顔が戻った。

「そうね。何も変わらないのよね。私、人間だったころ、自分が嫌いだったの。犬に生まれ変わって、やっと幸せを感じたわ。猫のあなたも同じことを言ってた。だけど、結局、自分次第なのよね。今なら人間に戻ってもうまくやれそうな気がするの」

 バンダナの言葉に二人は大きくうなずいた。伊良夢は真実を知ったが、心の中は変わらなかった。ヒカリも慌ててふためいた自分を反省し、伊良夢と同様に何も変わらないことに気がついた。そして、公園での真実の告白は終わり、それぞれの温かな家へと帰った。しかし、愛する者の姿はすでに消えていた。

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