第28話

第二十八話「地下室」


 トンネルを抜けると研究所の地下室に出た。そこにはたくさんの棚や引き出しがあり、どうやら備品や資料の倉庫らしい。研究所側のトンネルの入り口も、壁がぶち抜かれており、計画的に掘られたものではないことがわかった。

「いったい、誰が何のために掘ったものだろう」、イラムは疑問を口にした。

「ここは地下二階ね」、ヒカジは上階へ上がる階段の表示を見て言った。

 一同は地下一階に上がった。階段の踊り場からフロアに出るとドアがあった。

「鍵はかかってない」、イラムはそう言ってドアノブを回した。「あれ?」、ドアノブがスルッと外れてしまった。イラムはドアを押し開けて中に入った。「何だこれは?」

 イラムの目の前には広い工場のような空間が広がっていた。空間は円柱型で、イラムは空間の壁に設置された通路にいた。ドアの前には円空間の中心に向かって通路がつながっている。右側のドアと左側のドア、正面のドアからも中心に向かって十字形に通路が続いている。その中心には円形のステージのようなものがあり、コンピュータらしき機械が設置されていた。ステージの中心には透明のパイプがあり、天井を突き抜けている。

「あ!」、イラムは下をのぞいて叫んだ。

 イラムのあとに続いてドアから入ってきたヒカジも下をのぞいた。「あれ? もしかして、ユリカゴ?」

 下のフロアには一面におびただしい数の『ユリカゴ』が青い光りを放って規則正しく並んでいた。

「下に降りてみよう」とイラムは言って、持ったままのドアノブをドアの側に置いた。そこで、イラムはドアに付いた黒いシミを見た。

「イラム、ここから降りれるわ」、ヒカジがフロアに降りる階段を見つけて、イラムに伝えた。

 左側のドアへ向かう通路の途中に下への階段があった。イラムとヒカジは階段からフロアに降りた。

「私たちが使っているユリカゴと同じ型のものよ」、ヒカジは言った。

 イラムは『ユリカゴ』の中をのぞいて言った。「中は空っぽだ」

 イラムとヒカジは円形のフロアにある『ユリカゴ』をチェックしたが、すべて空だった。

「もしかしたら、外の人たちはこのユリカゴで育ったブレイノイドたちかもしれない」、イラムは仮説を立てた。

「ここは、ブレイノイドの格納庫かしら?」、イラムの仮説を受け、ヒカジが付け加えた。

「彼らは力ずくでドアを開けたんだ。ドアの内側に血の跡があった」、イラムは言った。

「穴を掘ったのも彼らね」

「うん、多分ね」

 そのとき、階上でバトラーがイラムを呼んだ。「イラム、こっちに来て!」

「どうしたんだ?」

「すごいものを見つけた!」

 イラムとヒカジは降りてきた階段を上がり、バトラーに着いて行った。円形の施設のドアを出て右に曲がり廊下を奥に進むと別のドアがあった。ドアはグニャリとひしゃげていた。バトラーは飴細工のようにいびつに変形したドアの奥にイラムとヒカジを案内した。

 部屋の中はイラムとヒカジが見た隣の円形施設と同じ作りの空間があった。二人は先ほどと同じように通路から下のフロアを見た。しかし、そこにあったのは『ユリカゴ』ではなく、赤い光りを放つ無数の筒状の物体だった。

「イラム、ヒカジ、こっちだよ」、バトラーは下へ降りる階段から二人を呼んだ。

 イラムとヒカジは階段を降りた。フロアにはすでにゼットがいた。近くで見ると赤い光りの筒は水槽であることがわかった。中には赤い液体が満たされている。ゼットはひとつひとつの水槽をのぞき込んで、何やらぶつぶつとつぶやいている。イラムも水槽の中をのぞき込んだ。すると、水槽の中で何かが動いた。

「うわっ!」、イラムは驚いて退いた。

 水槽の中には小さな子どもが浮かんでいた。そのとき、部屋の明かりがついた。

「バト、明かりのスイッチを見つけたわ」、メイディの声が施設に響いた。

 イラムは周りを見渡した。円形施設の中央には先ほどの部屋と同様に透明のパイプが天井を突き抜けている。パイプの真ん中のステージにメイディがいた。円柱の赤い液体の水槽は無数にあり、ひとつひとつの水槽に一体ずつ小さな子どもが浮かんでいる。

「ねぇ、イラム、この子たちゴーストに似てない? マリアの部屋にいたあの子」、ヒカジが気づいた。

 イラムは何かに気づいて部屋を探し回った。

「あった! ヒカジ、こっち」とイラムはヒカジを呼んだ。

 イラムは壊れた水槽を見つけた。その水槽はガラスが割れ、床に破片が散らばり、中の液体で辺りが濡れていた。

「やっぱり、ここから抜け出したのね」とヒカジは言った。

「この小さな体にはもう脳が移植されてるみたいだ」、イラムは隣の水槽を見て言った。

 水槽の中の子どもの頭にうっすらと傷跡が残っていた。

 隣の水槽の前には赤いベルベットのマントを羽織ったゼットがいる。「ゼロ、ゼロ」と彼はつぶやいている。

「ゼロ?」とイラムは言った。

「ゴーストのこと? 彼もゴーストに会ったのかしら」とヒカジは言った。

「ゴーストはどうやって知識を得たんだろう」

「脳が移植されていても、記憶データはコピーされていないはずだわ。空っぽの脳だと手や足を動かせたとしても、言葉を話すことは無理よね」、ヒカジは言った。

「外の人たちはデータをコピーされる前のようだ」

 そのとき、円形フロアの中央で機械が動く音がした。水槽のひとつが中央に動きだし、中心のパイプへ入っていった。

「メイ、何か触った?」とヒカジがステージのメイディに聞いた。

「触ってないわ。突然動きだしたのよ」とメイディは答えた。

 水槽はパイプを通って天井に吸い込まれた。

「まだ、稼働しているんだ。ヒカジ、隣の施設へ戻ろう」、イラムは慌てて走りだした。

 ヒカジはイラムについていった。

「あの子どもは隣の施設に行くのね」、ヒカジは階段を上りながらイラムに尋ねた。

「たぶんね」とイラムは言った。


 イラムとヒカジは最初の施設で天井を見上げていた。しばらくして、天井のパイプからユリカゴが降りてきた。

「やはりそうか。オートメーションでブレイノイドを大量生産させているんだ」、イラムが言った。

「上に培養元の体があるはずね」とヒカジは言った。

「よし、上へ行ってみよう」、イラムはヒカジの顔を見て言った。

 イラムとヒカジは隣の施設に向かい、バトラーとメイディ、そしてゼットを連れてきた。

 一行は階上へ上がった。


 一階はロビーと従業員の休憩室らしき部屋と会議室だけだった。人影はない。入り口正面ロビー奥の右側と左側には太い柱があった。イラムとヒカジは、おそらく階下からつながったパイプが通っているのだろうと考えてた。さらに、二階へ進んだ。

 二階への階段を上りながら、イラムは考えていた。マリアの部屋は最上階の七階にある。マリアの部屋から階段を上がると屋上に出る。イラムとバトラーが暮らしていたシェルターの床階段を降りるとマリアの部屋に出た。つまり、このビルの八階にシェルターがあるはずだが、この研究所のビルは七階建てなのだ。シェルターには居住区とプラントルーム、ガーデンルームがある。一階のフロア面積と比較すると、明らかにシェルターのほうが広いのだ。

「僕たちの部屋はどこにあるんだ?」とイラムは思わず口に出した。

「私もそれを考えていたの。人工太陽のトンネルは精々五メートルよ。イラムのシェルターの五メートル隣に私たちのシェルターがあるの。作りは同じだから広さは全く同じはずよ。このビルの上にあるなんて不可能よね」とヒカジは言った。

 一行は二階に着いた。二階フロアには壁がなくデスクが並んでいた。従業員のワークフロアだろう。両端にはやはり太い柱がある。

 さらに、三階へ進んだ。三階にはいくつもの小さな部屋があった。ドアのガラスから中をのぞくと、どの部屋も実験器具が並び薬品の棚があった。この階は研究室だろうと二人は考えた。ブレイノイドらしきものはない。

 四階は大型コンピュータが並んでいる。コンピューターのところどころに、赤や緑の小さな電気がついている。コンピュータが作動しているようだ。

 五階まで来た。バトラー、メイディ、ゼットもついてきている。階段の正面には手術室のような大きなドアがある。ドアの上には「手術中」と書かれたパネルが赤くともっていた。

「誰もいないのに、手術中だって」、イラムはそう言ってドアを開けた。

 手術室は真っ暗だった。

「電気のスイッチを探して」と暗闇の中でイラムはヒカジに言った。

「これかしら」とヒカジは壁のスイッチを押した。

 手術室の明かりが点灯し、手術台の照明がついた。手術室の中央には台があり、台には何かが乗っている。イラムは照明に手をかざし、目を慣らした。人型のものが台に横たわっている。イラムは人型のものの顔をのぞき込んだ。

「あっ!」とイラムは思わず叫んだ。

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