第25話

第二十五話「ブレイノイド」


「オカチマチ、どういうことだ?」、阿南はオカチマチに尋ねた。

「なんのことですか?」

「『YURIKAGO 』だよ。私は適合テストだと聞いている。だが、あれは……」と阿南が言いかけた。

 オカチマチは遮った。「育成プログラムのことですか?」

「そうだ。つまり、ヒカリはブレイノイド手術を受けたあとということか?」

「確かに『YURIKAGO 』には育成プログラムの役割も果たしています。しかし、ヒカリさんは、たぶん、まだだと思います」

「たぶん、とはどういうことだ?」

「セルフブレイノイドはあなたのチームの管轄です。私が手術するのは不可能です」

「確かにそうだが、あの怪我はどうなんだ? あれはブレイノイドでなければ不可能だ」

「そう、それを今、調査しているのです」

「それで、どうなってるんだ?」

「何者かが次元を越えて、すり替え、戻したとしか思えないのです」

「次元を越えて? それができるのはミスターゼロだけだろう」

「そうなのですが、ミスターゼロがそれをする理由がないのです。彼は完璧主義者です。何事にも慎重に、かつ、確実に行動する人物です。彼が過去と未来で生身とブレイノイドのヒカリさんをすり替えたところで、何も得することがないのです。まるで、子どものイタズラとしか考えられないのです」とオカチマチは説明した。

「今のヒカリはブレイノイドだというのか?」

「それはあなたが調べなければ……。あなたは彼女の管理者なのですから。我々にはわからないのですよ」

「私があの子を育ててきたんだ。私の知らない間に……」

「衣舞も同じことを言っています。辛いでしょうが真実を突き止めないと、あなたの思いも苦労も水の泡と消えてしまいます。我々は衣舞やあなたを家族として必要としています。同じようにヒカリさんも伊良夢も私の家族です。彼らに害が及ぶなら私は命がけで守ります」

「オカチマチ君、疑って悪かった。命をかけるなら、それは我々の仕事だ」、阿南はそう言って部屋を出て行った。


 その日、学校の帰り道、ヒカリは待っていた。ヒカリが下校途中の伊良夢を見つけると、近くの公園に連れて行った。

「伊良夢君……」

「なんだよ、ヒカリ。最近、僕を避けてないか?」

 あの事故以来、ヒカリは伊良夢と会うことをためらっていた。

「ごめんなさい。なんだか気になることがあって」、ヒカリは全てを打ち明ける決心を固めていた。

「研究所の事故のことか?」、伊良夢は率直に答えた。「母さんは夢だと言ったけど、あれは夢じゃないよな」

「ねぇ、ブレイノイド、知ってるわよね」、ヒカリは聞いた。

「あのゲームのことか?」

「ゲームじゃなくて、ブレイノイドよ。ブレインアンドロイド」

「だから、『YURIKAGO』だろ?」

「ブレイノイドは実在するのよ」、ヒカリはためらいながらも、伊良夢に本当のことを告げた。

「え? あははー、なんだよ、それ。お前、頭打っておかしくなったのか? ブレインアンドロイドはゲームのキャラだぞ!」

「違うのよ! 本物のブレイノイドがいるの!」、ヒカリはムキになった。

「はいはい、わかった、わかった。で? 本物のブレイノイドは私とあなたよ、なんて言うんだろ!」

「その通りよ。私はセルフブレイノイド、あなたはミックスブレイノイド。ミックスは他の人の脳を移植するの。セルフブレイノイドは記憶が残るんだけど、ミックスは記憶データを移植後に書き換える必要があるの」

「セルフにミックス? なんだかよくわかんないけど……。確かに、ゲームの中のブレイノイドは怪我もすぐ治るし、なんだっけ? 放射能にもへっちゃらだったっけ? それが僕なの?」

「あなた、階段から落ちて足と腕を折ったのよ。私も額が割れて、たくさん血が出たの。でも、朝になる前に傷が消えたのよ」

「確かに、おかしいと僕も思ったけどさ。まさか、ゲームのブレイノイドなんて君が言うとは思わなかったよ。SF映画じゃないんだからさ」

「だって、私もまさか、自分がもうブレイノイドになってるなんて……」、ヒカリは下を向いて泣き出しそうにしていた。

「おいおい、泣くなよ! きっと何か仕掛けがあるんだよ。お前は放射能もへっちゃらなバケモノなんかじゃない!」

「バケモノだなんて……」

「あ、いや、お前のことじゃなくて、その……」、伊良夢は困り果てた。

「あなたは突然変異のムタチオンなの。ムタチオンはブレイノイドに適合するの。あなた、人間になる前は猫だったのよ」、ヒカリは真実を話し始めた。

「なんだって? 僕が猫?」、伊良夢は訳がわからないという表情で答えた。

「私は猫の姿のあなたに会ったことがあるの。私もムタチオン。私はゾンビだったの」

「おいおい、猫にゾンビって……」

「信じられないのも仕方がないわ。でも、真実なの」

「んー、ちょっと、ヒカリ、落ち着いて。君は疲れてるんだよ」、伊良夢は冷静になって、ヒカリに告げた。伊良夢はヒカリの話すことを信じてはいなかった。

「そうだわ! バンダナさん! 伊良夢君、バンダナさんを連れて来て」

「バンダナ……さん? うちの犬のこと?」

「そうよ。バンダナさんが話すなら信じるでしょ」

「バンダナが話す、って犬なんだけど」

「いいからお願い、バンダナさんを連れて来て」

「そんなに言うなら連れてくるけどさ……」

「あ、それから、衣舞さんには内緒にして」

「わかった」、伊良夢はそう返事をして、家に向かった。伊良夢はいつも冷静なヒカリの異常な発言に困惑していた。


「ただいま」、伊良夢は家にいた母に言った。

「おかえり」

「バンダナは?」、伊良夢はテーブルの下を探しながら言った。

「ここにいるわよ。散歩ならもう行ったわよ」

「う、うん」、伊良夢は不自然な返事をした。

「いや、どうもヒカリの様子がおかしいんだ。バンダナを連れて来いって」

「あら、そう」、衣舞はヒカリの計画に気づいた。ソファーの裏にいるバンダナの顔を見た。そして、大きくうなずき、お互いに笑顔を見せた。衣舞もバンダナも伊良夢に真実を伝える時期を待っていたのだ。

 何も知らない伊良夢はバンダナの首輪にリードをつけ、再び出かける準備をした。

「伊良夢、ヒカリさんを大事にしてあげなさい」、衣舞は伊良夢に伝えた。

「うん、ちょっと遅くなるかもしれないけど、話を聞いてくるよ」、伊良夢はそう言ってバンダナを連れて家を出た。

 衣舞は伊良夢とのこれまでの楽しかった生活を振り返り、ふっとため息をもらした。そして、心の中で大きな決意を固めていた。

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