第22話
第二十二話「幽霊」
伊良夢とヒカリは100番の部屋を出た。行きと同じように右のドアはカウントダウン、左はアップしてゆく。やはり両側のドア番号の和は200になる。行きとの違いはどちらも100からスタートしているところだ。
199番と001番のドアまで来て、伊良夢は正面の階段のドアに番号がないことをもう一度確認し、やはり100番の部屋はこの階段のドアに見捨てられのだ、と確信した。伊良夢はかわいそうな100番のドアに心の中でさよならとつぶやいた。
階段を閉めると、ドアの裏に42とあった。
「あっ」、伊良夢は思わず声を出してしまった。
「どうしたの?」、ヒカリは聞いた。
イラムは階段のドアも100番のドアに未練があるのかもしれないと感じていた。「ねぇ、このビルって何階まであるの?」
「56階よ」、ヒカリは答えた。
「なんだ56か……」
「え? 56がどうかした?」
「いや、なんでもない」
ヒカリの答えに伊良夢はがっかりした。100番のドアに42階、56を足しても200には届かないのだ。
「どうしたの?」
「部屋の番号がさ……」
「四十二階の部屋のこと?」
「向かいどうしの部屋番号を足すと、200になるんだ」、イラムは階段を降りながら静かに語った。
「それで?」
「絵のある100番の部屋の向かい、フロアの出口には番号がないんだ」
「あー、200にならないから、気持ち悪いのね」
「でも、階段側に24の数字を見つけたんだ」
「んー、なるほど。それで56階の登場ってことね。58だったら200になったのに」
「なんだか、100番のドアがひとりぼっちみたいでかわいそうに思えてさ」
「あはは! 伊良夢君らしいわ」とヒカリは笑って答えた。「ちゃんと200になるわよ」
「え? どういうこと?」、イラムは尋ねた。
「地下は2階まであるの」
「そっか! それでぴったり200だ!」、伊良夢は子どものように喜んだ。
「変な人ね」、ヒカリは笑顔で言った。
イラムとヒカリはそんなくだらない話をしながら、ゆっくりと階段を降りていった。
二人は二十六階と二十五階の中間踊場まで来ていた。方向転換し、二十五階へ降りる階段に踏み出そうとしたとき、気配に気づいた。
二十五階の踊場に白い子どもが立っていた。
「あっ!」、伊良夢は声をあげた。
「伊良夢君が見た子ね」、ヒカリは言った。
白い子どもは裸のまま仁王立ちになり、階上の二人をにらみつけていた。ヒカリは伊良夢の腕をつかみ、不気味な子どもを怖がっていた。
「君、どこから来たの?」、伊良夢は白い子どもに尋ねた。
しかし、白い子どもは返事もせず、じっと二人をにらみつけていた。
「あなた、お名前は?」、今度はヒカリが尋ねた。
「私に名前などない。存在すらないのだから」、白い子どもは、高い声のトーンではあるが、外見に似合わない大人の口調で答えた。
「まるで幽霊ね」、ヒカリは言い放った。
すると、白い子どもは階段を駆け下りた。
「おい、君! 待って!」
伊良夢が白い子どもを追いかけると、ヒカリも伊良夢のあとに続いた。白い子どもはすばしっこく、階段を飛ぶように降りていった。
そのとき、ヒカリは階段を踏み外し、よろけてバランスを失った。伊良夢はそれに気づき、ヒカリを支えようと手を伸ばした。駆け下りていたせいもあり、ヒカリは頭から転げ落ちた。同時に伊良夢を巻き込んで、二人が重なるように階段から転落した。ヒカリはステップで頭を打ちつけ、伊良夢も腕と足を強打した。伊良夢は骨の折れる鈍い音を自分の骨格伝いに聞いた。そして、薄れてゆく意識の中、ヒカリの額から血が吹き出しているのが見えた。
伊良夢は目覚めた。
『ここはどこだ?』、天井の蛍光灯を見つめ、心の中でつぶやいた。『そうだ、階段から落ちたんだ。あのとき、鈍い音を聞いて、ひどい痛みを感じた。ここは病院だろう。僕の身体はどうなった?』、彼は怖くなってもう一度目を閉じた。『きっと、骨が折れているはず。麻酔が効いているのだろうか、痛みはない。そうだ、ヒカリはどうなった? 頭から血が出ていた。僕はどうやら生きている。彼女は無事なのか?』、足音が聞こえ、伊良夢はもう一度目を開けた。
「あら、おはよう」、衣舞が声をかけた。
伊良夢の母がそばにいた。
「母さん、僕はどうなった?」、伊良夢は母に尋ねた。
「風邪はひいてないみたいね」、衣舞は笑顔で答えた。
あれから一夜明け、朝が来ていた。伊良夢は大怪我を負った息子をそれほど心配もせず、笑って話す母に違和感を感じていた。母にヒカリの怪我の状態を尋ねるようかと迷っていたのだが、もしかしたら、母は無理に笑顔を作っているのかもしれない、とさえ思えた。『ヒカリに何かあったのだろうか?』
そのとき、病室に誰かが入ってきた。
「ヒカリ!」、伊良夢は驚いて上体を起こした。そして気づいた。「あれ?」、伊良夢は両側の腕を交互に見比べた。骨折どころか、かすり傷も、打ち身の痕さえ見当たらない。彼はシーツをめくり、自分の足を確認した。やはり何もない。「どうなってるんだ?」
「無事でよかった」、ヒカリは言ったが、その表情からはいつもの明るい笑顔は見られなかった。
伊良夢はベッドから立ち上がり、ヒカリのそばによって、彼女の前髪を右手で上げ額を確認した。傷はなかった。彼女は不安げな表情のまま、無言で伊良夢をじっと見つめ、部屋を出ていった。
「どうして? 僕は大怪我を負ったはず」、伊良夢は母に言った。
「え? あなたたち、階段で寝てただけよ。変な夢でも見たの? あんなところで眠っちゃって、風邪ひかなくてよかったわ」と母は言った。
『夢なんかじゃない』、伊良夢は心の中でつぶやいた。
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