第21話
第二十一話「ゴースト」
「ダナたちが帰ってこない」、ヒカジは心配して言った。
「何かあったのかな」とイラムはみんなの身を案じていた。
「私たちには何もできないのよね」
「そうだね。僕たちはマリアのプログラムには入れない」
「待つしかないわね」、ヒカジはそう言って、ため息をついた。
「マリア……」
ずいぶん長い時間が過ぎた。イラムとヒカジはメインルームで何をすることもなく、ただ彼らが帰るのを待っていた。
「そういえば、ジイサンとか言ってたよね」、イラムは彼らが出発する前の会話を思い出した。
「誰かに会ったみたいだけど、プログラムの中に人が入るなんで不可能だわ」
「マリアとダナ以外にもAIがいるのかも」、イラムは言った。
そのとき、モニターに白いものが横切った。
「今、何かいた」、ヒカジが気づいた。
「バト?」、イラムはマイクに向かって叫んだ。
「誰?」、ヒカジもモニターに呼びかけた。
モニターの左の端に白い者が現れた。
「誰だ!」、イラムは再び叫んだ。
マリアの部屋の白い者は、一瞬モニターカメラを見た。それは裸の小さな子どもだった。真っ白な肌をした子どもは、イラムたちの声に反応していたが、彼らの姿が見えないせいか、きょろきょろと周りを見渡しただけで、彼らの声には返事すらしなかった。白い者はマリアの部屋を物色していた。机や本棚の奥、壁、畳の床まで、部屋の隅々をあちこちと歩き回った。
「何か探してるみたい」、ヒカジが言った。
「ねぇ、君! どこから来たの?」
イラムは白い者にそう尋ねたが、白い者はやはり周りに見回しただけで、返事をしなかった。
「ねぇ、彼、何か持ってるわ」、ヒカジが気づいた。
「なんだろう? 赤いものだね」
「リボン? 赤いリボンだわ」
「赤いリボンって、ダナたちが持っていたジテンシャの鍵じゃないか?」、イラムは答えた。
「あの子、ダナたちがどこにいるのか知ってるかも?」
「ねぇ、ねぇ、君。ダナたちに会ったんだね。猫と犬を見かけたでしょ?」
イラムはマイクに向かって尋ねた。しかし、白い者は今度は振り向きもせず、何かを探し続けた。
「十字型の鍵、もしかして!」、イラムは気づいた。
「どうしたの?」
「ジテンシャの十字の鍵……。金庫の鍵穴は十字型なんだ」、イラムは言った。
「彼は金庫を探してるのね」、ヒカジは言った。
「ねぇ、ヒカジ。彼に教えるべきかな」
「わからない。でも、危険な子だとは思えないわ」
「よし」、イラムは決断した。「ねぇ、君、金庫を探してるんだろ。部屋の奥だ! そこの棚のとなり!」、イラムはモニターの中の白い者に伝えた。
「言葉が通じるのかしら」、ヒカジは言った。
白い者はイラムの声に反応した。彼は部屋の奥を探った。彼は黒い金庫に手を伸ばした。右手に持った赤いリボンの付いた十字型の鍵を金庫の鍵穴に刺した。そして、右に回転させた。
イラムのシェルターに震度が伝わった。金属がこすれ合うギギギという機械音が聞こえた。壁のスピーカーからではなく、システムデスクの後ろのほうでーー。
イラムとヒカジは振り返った。システムルームの床の一部が動きだし、床に細長い長方形の穴が開き、それは縦方向にどんどん広くなり、一メートル四方の正方形に広がった。
機械音が止まった。モニターの中では金庫が開いていた。白い者は金庫の中に頭を突っ込んだ。次に足、体と。白い者の手だけが金庫のドアに残った。だが、その手も金庫の中に吸い込まれた。モニターからは金庫の扉が影になり中までは見えない。
「何が起こったの?」、ヒカジはモニターを見ながら、イラムに尋ねた。
「わからない」とイラムは答えた。
イラムは後ろに気配を感じ、振り返った。
「あっ!」、イラムは叫んだ。
その声にヒカジも驚き、振り返った。
「どうなってるの?」
床に開いた穴の前に白い者が立っていた。
「どうやって来たんだ!」、イラムは白い者に尋ねた。
白い者は眉間にしわを寄せて、イラムたちをにらんでいた。
「あうっ、うー」、白い者が不気味な声を出した。
「君は誰?」、イラムはもう一度尋ねた。
「ぐふっ! かっ、かっ」、白い者はうまく声が出せないのだろうか、咳込んだり、うなったりを繰り返してた。
「名前は?」、ヒカジが優しく尋ねた。
「わ、わたしには、なまえ、など……ぐふっ、ぐふっ……ない。そんざい、すら、ない、のだから」、白い者は高い声質は子どもだが、たどたどしく大人の口調で答えた。
「存在がない? まるでゴーストね」、ヒカジは言った。
「ゴースト?」、イラムはヒカジに尋ねた。
「地球では人が死んでゴーストになるの。ほら、ダナが言ってた、タマシイだけの存在」、ヒカジは答えた。
「ゴーストか」、イラムはうなずいた。「ねぇ、君、その鍵、どうしたの? 犬と猫を連れた人、見なかった?」、今度はゴーストに尋ねた。
「わ、わたしは、出口を探している。ここがそうか?」、ゴーストはイラムたちに尋ねた。
「いいえ」とヒカジは答え、続けて尋ねた。「ここから出られるの?」
「外の世界のデータが存在する。それは外から入れられたものだ。入口があるならば、出口は存在する」、ゴーストのはっきりとした口調で言った。
「外の世界から来たの?」、イラムが尋ねた。
「分散されていた私のデータがひとつになったのだ」、ゴーストは答えた。
そのとき、床に開いた穴から二つの何かが飛び出した。
「イラム!」と穴から飛び出てきた者のひとつが叫んだ。
「バト!」、イラムは驚いた。「お前、猫の姿のままじゃないか!」
「どうなってるの?」、もうひとつの者が言った。
「メイディ!」、ヒカジが叫んだ。
「バト、何があったんだ?」、イラムは猫のバトラーに聞いた。
「ダナがね、寝ているマリアにキスしたの。そしたらね……えーと」、バトラーが焦りながら説明し始めた。
「ダナとマリアが消えたのよ。とにかく、外に来て!」、とメイディは興奮して言った。
「外にって、どうやって?」、ヒカジはあきれた風な顔をした。
「ゴースト!」、イラムは周りを見た。「ゴーストがいない」
「ダナとマリアがいたひつぎから、あの子が出てきた」、バトラーは言った。
イラムとヒカジは床の穴をのぞいた。穴の中には階段がある。バトラーとメイディは穴の階段を降りた。イラムはおそるおそる穴に足を入れた。ヒカジもイラムのあとに続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます