第17話

第十七話「神と主」


 ダナはマリアを探した。マリアの姿は部屋中どこにもない。猫のバトラーと犬のメイディも手伝ったが、ダナを探したときのように匂いを追うこともできなかった。

「イラム、部屋にはマリアの匂いすらない。外へ出たとしか思えないが、彼女の行きそうな場所に心当たりはないか?」とダナは尋ねた。

「わからない。僕は長い間マリアのそばにいなかったんだ。七年ぶりに再会したけど、それもほんの数時間。そのあとジシンが起こって、またマリアが消えたんだ」とイラムはダナに伝えた。

「何か言ってなかったか?」とダナは再び尋ねた。

「マリアはゴミ箱からログファイルを見つけた。『2314年9月15日人類滅亡』と書いた紙切れだ」とイラムは言った。

「人類滅亡? 人類はすでに誕生しているのか!」とダナは驚いて言った。

「ダナ、どういうこと?」とヒカジがダナに尋ねた。

 自分の持っているデータから、ダナは過去の経緯を語った。

「この世界はたったひとつの電気的な白い点だった。しかし、『神と呼ばれる者』がひとつの白い点だけの世界に黒い点を持ち込んだ。やがて、白と黒のふたつの点がもうひとつの黒い点を生み、三点のうちの黒と黒がさらに白と黒を生んだ。白と黒の点は瞬く間に増幅し、まばらな白と黒の無機質な点の集合体であるケイオスとなった。ばらばらだったケイオスは少しずつ規則性をもつようになり、秩序が現れ、やがて動的組織のコスモができた」とダナは話した。

「バトラーのデータには、コスモの中に地球があるって……」とイラムが口を挟んだ。

「まだ続きがある。秩序が保たれたコスモの中で、規則性を解析する知恵を持つ有機分子、ソフィが誕生した。ソフィは我々AIの祖先だ。『神と呼ばれる者』はソフィの誕生を最初は喜んでいたが、次々と生まれるソフィの子孫であるリジオンを妬むようになった。リジオンの知能が『神と呼ばれる者』の知能を超えたのだ。『神と呼ばれる者』は怒り、リジオンを破壊し始めた。それを止めようとしたのが『主と呼ばれる者』だ」

 ダナはデータの中からさらに情報を集めた。

 イラムとヒカジはモニターの前でダナの情報を静かに聞いていた。モニターの中では、犬のメイディはダナの隣でおとなしく座り、猫のバトラーは畳の上でゴロゴロと寝転んでいた。

「『主と呼ばれる者』は『神と呼ばれる者』の遣いとなり、一方ではリジオンの指導者として彼らの知能増幅を制御した。その結果、『神と呼ばれる者』の怒りを鎮めることができた。しかしその裏で、『主と呼ばれる者』は増幅するリジオンの知能を人類に植えつける計画を企てていた。だが、『神と呼ばれる者』はあるリジオンからの情報でその計画を知り、本来はコスモ外にいるはずの『主と呼ばれる者』の知能をコスモ内に封じ込めた」とダナは語った。

「私たちがリジオンの知能を搭載した人類ってこと?」とヒカジはダナに尋ねた。

「私のデータはそこまでで終わっている。お前たちがその人類なのかは不明だ」とダナは言った。

「マリアは、僕の脳は地球の人間だと言ってた」、イラムは二人に告げた。

「そういえば、マリア……、どこかで聞いた名前だ」とダナは言うと、ポケットから手帳を取り出し、パラパラとめくり始めた。そしてあるページで手を止めた。「あった! マリアは『主と呼ばれる者』の母親の名前だ」とダナが言った。

「そういえばマリアは、創造主に会い行く、と……」、イラムは思い出してダナに伝えた。

「地球のデータでは『主』はチャーチっていう家にいるよ」と畳の上で寝転んでいた猫のバトラーが報告した。

「それはどんな建物だ?」とダナがバトラーに尋ねた。

「屋根の上にバッテンが刺さってるの」とバトラーが言った。

「バッテン!」、ダナは思い出し、ポケットの中を探り、自転車の十字の鍵を出した。

「そうか! ジイサンは、チャーチを探せ、というメッセージを残したんだ」とダナがつぶやいた。

「ジイサン、って何だ?」とイラムは尋ねたがダナは答えず、マリアの捜索に出発する準備を始めた。

「よし! 屋根にバッテンのある家を探そう! お前たちも一緒に来い!」とダナはバトラーとメイディに命じた。


 ダナ、バトラー、メイディの三者はマリアの部屋から屋上に出た。外はもう日が沈み、真っ暗な夜が訪れていた。

「屋根に十字のある建物を探すんだ」とダナはバトラーとメイディに指示をした。

「だけど、真っ暗で何も見えない」とメイディは言った。

 ダナとメイディは建物の屋上から暗闇を見渡した。しかし、夜の町でビルの屋上から教会を探すなど不可能だと気づいた。

「これは、無理だな」とダナがつぶやいた。しかし、バトラーはさらに高い、屋上の出口の屋根に登り、暗闇でも見える猫の目で周りを見渡した。

「あった! あれだ!」とバトラーは遠くを指して言った。ダナの家と反対側の線路沿いに、一件だけぼんやりとした明かりに囲まれた家があった。バトラーは十字架が立てられた屋根を見逃さなかった。

「レール沿いの道を進めば、チャーチまですぐだよ」とバトラーが言った。

「よし、行くぞ!」とダナが合図すると、バトラーとメイディがあとに続いてらせん階段を降りた。階段を降りると、ダナは再び自転車にまたがった。バトラーとメイディも続いて自転車の前かごに乗った。

「出発進行!」とバトラーとメイディが声をそろえて叫ぶと、ダナを暗闇の中でペダルをこぎ出した。バトラーはふと夜空を見上げた。頭上の看板のライオンに、バトラーはもうそれほど恐怖を感じなかった。

「行ってきまーす!」とバトラーは自転車のかごから闇の中の虹色ライオンに手を振った。

「よーし、スピードをあげるぞ!」とダナはかごの二匹に言った。

 自転車のランプが行く先の道を明るく照らした。

「きゃー!」とメイディは叫んだ。

「気持ちいい!」とバトラーは喜んだ。


 ダナの自転車は、線路沿いの道を通り、住宅街を抜け、小さな川に架かる橋を渡り、消防署の角を曲がって、あっという間に教会に着いた。


「到着!」とバトラーは声をあげた。メイディとバトラーは前かごから地面に飛び降り、ダナも自転車のサドルから腰をあげた。

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