第10話

第十話「バトラー」


 ヒカジは故障したマリアシステムのメインコンピュータデスク下のパネルを開け、動力ユニットや配電基盤などを調べていた。

「これでどう? メインスイッチを入れてみて」とヒカジはデスクのキーボードを操作するイラムに指示を出した。

「オーケー! スイッチオン!」、イラムはシステムの起動ボタンを押した。

 モニターはいつもの起動画面を順に表示し、システムが立ち上がった。

「やった! ヒカジ、コンピュータが起動したよ」とイラムはヒカジに告げた。

 ヒカジはデスクの下からはい出て、イラムと一緒にモニターの状態をうかがった。しばらくすると画面にはマリアの部屋が映し出された。

「おかしいわね」とヒカジはつぶやいた。

「マリア!」と、イラムは画面に向かってマリアに呼びかけだが、彼女の姿はモニターに現れなかった。

「プログラム自体が異常なのかしら」と、ヒカジは画面を見ながらイラムに問いかけた。

「スキャンしてプログラム修復にかけてみよう」、イラムはキーボードを叩き、メインプログラムをスキャンした。

「少し時間がかかるわね」とヒカジが言った。

「ところでバトとメイはどこに行ったんだ?」、イラムはシステムのモニターを各部屋の監視カメラの映像に切り替えた。

「あ、いた。プラントルームで何やってんだ?」とイラムはつぶやいた。

 画面の中ではバトラーとメイディがプラントルームの隅でコソコソと何か作業を行っていた。  

 しばらくすると、画面は突然切り替わり、「NO PROBLEM」というポップアップが表示された。

「ダメだ。プログラムには異常がないってことだ」とイラムがつぶやいた。

「ダナなら修復できるかも」、ヒカジはそう言って、プラントルームにつながる内部無線のボタンを押し、「メイ、バト、メインルームに来て!」と二体を呼び出した。

「マリアシステムにダナシステムを呼ぶことなんて可能なのかい?」とイラムはヒカジに尋ねた。

「理論的には可能よ。お互いのシステムが回線でつながっていなきゃダメだけど」とヒカジが答えた。

「ピピ」

「ピピ」

 二体のロボットがメインルームにたどり着くと、順番に電子音を鳴らして到着の合図を出した。

「イラム、どうしたんだい?」

 イラムの知らない声がする。

「どうだい、ぼくの声は? なかなか爽やかでイカしてるだろ? 声を出せるのがこんなに素敵だなんて思わなかったよ。どうしてもっと早く、しゃべれるようにしてくれなかったんだい。そうしたら、もっとたくさんイラムとお話ができたのに……」と知らない声の主が早口でしゃべった。

 イラムは誰の声なのかわからず、ポカンと口を開けて聞いていた。そして、ようやく気づいて言った。「バト、いつの間にしゃべれるようになったんだ?」

「昨日の夜に手術したのよ」とヒカジが答えた。

「ねえねえ、聞いて、聞いて、ぼく、歌も歌えるんだよ。シャラリー、ラララー! ルールルー! ズゴイでしょ。イラム、一緒に歌おうよ! たくさん歌を教えてよ!」とバトラーの音声出力装置が次々と言葉を放った。

「バト、わかった、わかった。お前、ずいぶんおしゃべりだったんだな。今はそれどころじゃないんだ」とイラムはバトラーに言った。

「あれ? マリアは? システムは起動してるのに、マリアがいないよ。どこに行ったの? ねえ、ねえ、マリアとお話したいよ」、システムのモニターを見てバトラーが言った。

「バト、ちょっと黙っててくれないか! ヒカジ、言語音声数のコントロールはできないの?」

「残念ながら言語数は後天性でAIの育成状況に依存するの」とヒカジはイラムの質問に答えた。

「そうか、マリアの影響ってわけか」とイラムはガックリとうなだれた。

「えいきよう! えいきょう! ぼくはマリアのえいきょうだよ! わーい! わーい!」とバトラーは踊りながらおしゃべりを続けた。

 そんなバトラーを見て、「ちょっとあなた、黙りなさい!」とメイディがバトラーを一喝した。

 すると、「ハイ!」とバトラーはひとこと返事をし、そのまま沈黙した。

「メイ、ここのシステムとうちがつながっているか調べて」とヒカジはメイディに頼んだ。

 メイディは右腕のアームの先からスティックを出し、壁に埋め込まれた鍵穴に刺して、クルクルと回転させた。そして、すぐに答えを出した。「このシステムも、ダナシステムも独立してるわ。回線はつながっていないみたい」

「だけどね。さっきは、もうちょっとでダナとお話できたんだよ」とバトラーが口を挟んだ。

 すると、「あなたは黙ってなさい!」と再びメイディがバトラーを一喝した。

「え? どういうこと? メイ、まさか! ダナに告げ口しようとしたのね」とヒカジはメイディの顔を見て言った。

「ヒカジ、ごめんなさい。私はダナシステムから生まれたAIロボットなの。私たちの使命はあなたを守ることよ。ダナに報告の義務があるの」とメイディは正直に答えた。

「もー。仕方がないんだから。でも、ねぇ、ここからダナにアクセスする方法はあるのね」とヒカジはメイディに尋ねた。

「あるわ。人工太陽の軌道レールの中の回線は、各部屋のシステムにはつながってないけど、ここにもダナシステムの領域にも同じレールが通ってるの。その回線にシステムをつなげればいいのよ」とメイディは言った。

「でも、ここから軌道レールの回線につなげたとして、君のところからもつながないとアクセスできないよ」とイラムが言った。

 するとヒカジは、「それがつながっているのよ」と返した。「人工太陽をこちらで制御できないかと思って、ついこの前、システムを回路につなげたの。結果的に人工太陽は制御できなかったけど、その回線はつなげたままなのよ」とヒカジは自慢気に答えた。

「だったら、その方法でこっちの回線もつなげよう」

「うん、イラム、道具を貸して。三十分もあれば作業は終わるわ」

 イラムとバトラーは手分けして回線をつなぐ材料と道具を集め、ヒカジとメイディは先にプラントルームに向かい、回線接続の準備を始めた。


 イラムとヒカジのふたりとバトラーとメイディの二体は、これが初めての共同作業であるにも関わらず、長年一緒に働いてきた熟練作業員のように手際よく作業を進めた。


「これでオーケーよ」と、人工太陽の軌道レールの下に設けられた足場を降りながら、ヒカジはイラムに言った。

「ネットワークの開設は僕に任せて」とイラムはヒカジに言った。

 そして、ふたりと二体はメインコンピュータルームに戻った。

 イラムはメインデスクに座り、プログラムモードでコンピュータを再起動させた。画面には黒い背景に緑の文字が並んでいる。彼は画面の隅の点滅するプロンプトのあとに、ネットワーク開設コマンドを入力し、エンターキーを押した。さらに続けてポートナンバーやシステム情報を入力し、あっという間にネットワークが開設された。


 イラムはもう一度コンピュータを再起動させ、モニターにマリアのいない部屋を映し出した。

「さて、ここからどうやってダナを呼ぶかを考えなくちゃ」とヒカジが言った。

「え? 呼ぶ方法があるんじゃないの?」とイラムがヒカジに尋ねた。

「理論的には可能だけど、方法はわからないわ」とヒカジは言った。

「えー! そんなぁ」、イラムは落胆した。

「何か考えましょう。メイ、さっきはどうやったの?」とヒカジはメイディに尋ねた。

「ダナを音声信号で呼んだの。でも、デジタル変換の過程で音が消えて、向こうには聞こえていないみたい。アナログ信号が送れるといいんだけど」とメイディは言った。

「うちのシステムはマイクロアナログプログラムだよ」とイラムは言った。

「アナログプログラムなの! マリアの部屋の素敵なデザインはそのせいね」、ヒカジはモニターを見ながら続けて言った。「どちらにせよ。ダナのシステムはデジタルだから、音は届かないわ」

「こちらから呼ぶのは不可能ってことか」とイラムがつぶやいた。

「そうだわ! ダナを呼ぶんじゃなくて、こちらから迎えに行くのよ」とヒカジは言った。

「どうやって?」とイラムが尋ねた。

「アナログプログラムなら、メイとバトがシステムに入れるかもしれないわよ」とヒカジは言った。

「そうか! 旧式ロボットはアナログプログラムだ。ちょっと待って」とイラムは言って、キーボードを叩いた。

 すると、画面に「犬」と「猫」が現れた。

「これ何?」とヒカジがイラムに尋ねた。

「これは地球の人間が生活を共にする動物さ。赤い布を巻いてるのが『イヌ』で、小さい方が『ネコ』っていうんだ。僕の夢の中に出てきたものをアナログプログラムで再現したんだ」とイラムは言った。

「これをアバターとして使うわけね。メイとバトの意識をこの『イヌ』と『ネコ』に一次的に移せばいい」とヒカジは言った。

「バト、メイ、マリアシステムにつなげて」とイラムは二体に命令した。

 バトラーとメイディは同時に「了解!」と返事をすると、ともにアームの先からスティックを出し、壁に設置された鍵穴にそれぞれのスティックを刺した。

「よし、君たちはこれからコンピュータの中に入ってもらう」とイラムは二体に告げた。

「バトもメイディもデジタル変換の必要はないのよね」とヒカジはイラムに確認した。

「うん、マイクロ変換プログラムを通すだけでいい」とイラムが付け加えた。

「このシステム、あなたが考えたの?」とヒカジはイラムに尋ねた。

「うん、マリアシステムの修復のついでにね」とイラムは言った。

「バトとメイのAIはシステムユニットに接続されてるはずよ」とヒカジはイラムに助言した。

「オーケー。地下室だな」

 彼はモニター映像の視点をキーボードで操作し、マリアの部屋から階段を下り、地下室に入った。

 画面には地下室の映像が映っている。

「配電盤はどこだ?」、イラムはシステムユニットを探した。「あった!」とイラムは言って、配電盤のあるボックスの扉を開けた。

 そこには「B」と「M」と書かれたスイッチがあった。

「これだな!」とイラムが言った。

「バト、メイ、準備はいいかい?」とヒカジは壁際にいた二体に尋ねた。

「オーケー!」とバトラーとメイディは双子のように同時に答えた。

 イラムは配電盤のBとMと書かれたスイッチをオンにした。すると、鍵穴にスティックを刺していたバトラーとメイディの頭のランプが消え、起動が停止した。イラムはモニターの視点をメイン画面のマリアの部屋に移した。そこには猫と犬が今にも動き出そうとしていた。

「成功だ!」とイラムはヒカジの顔を見て言った。

「バト、メイ、聞こえる?」とヒカジは壁に埋め込まれたマイクに向かって言った。画面の中では、猫が大きく伸びをし、犬は尻尾を振っていた。

 猫になったバトラーは、「なんだか変な感じ」と不満を漏らした。

 犬になったメイディは「文句言わないの」と猫のバトラーをたしなめた。

「バト、メイ、ダナを探してきて!」とイラムは命じた。

「この光景どこかで見たような気がする」とヒカジが言った。

「君もかい?」とイラムも同じことを考えていた。

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