第7話

第七話「メイディ」


『イラム、もうすぐ人工太陽が沈むわ』

「了解。こっちの準備は万全だよ。ヒカジ、気をつけてね」とイラムは無線機の向こうのヒカジに伝えた。

 壁のこちら側では、イラムが人工太陽の扉の横に足場を設置していた。万が一落ちたとしても怪我をしないように、足場の下に空気マットを敷いて安全を確保した。

『イラム、太陽が壁の扉に入るわ。私もロボットに入って、そっちに向かうわね』

「了解。危険だったら戻るんだよ。まずは様子を見て、可能ならこっちに来て」

『わかったわ』

 そして無線の通信が途絶えた。

「バト、そろそろ足場に待機だ」

 バトラーの頭のランプが青く点滅した。つぎに、彼の腕がグーンと伸び、足場の一番上の手すりをつかんだ。そして、腕が縮むと同時に彼の体が足場に引き寄せられていった。バトラーは足場の上でアームを左右に振り、準備完了の合図をイラムに送った。

『イラム、聞こえる? ロボットの中に入ったわ』

「聞こえるよ。中からでも通信は可能だね」

 壁の向こうでは、ヒカジをボディーの中に収納したロボットが太陽の通路に進入し、暗闇の中を進み始めた。


 数分後、イラムの部屋側の壁の扉が開いた。壁の中では、ヒカジの乗り込んだロボットがイラムのいる部屋に向かっている。

「バト、扉をロックして! 太陽が通り過ぎたら中に入って、ヒカジのロボットに手を貸すんだ」

 バトラーはランプを激しく点滅させ、扉の枠に金属製のパーツを差し込み、扉が閉まるのを防いだ。人工太陽は、ゆっくりとしたスピードで、バトラーの目の前を通り過ぎてゆく。

「よし、今だ! 壁に入って!」

 バトラーが太陽の通路に入るのをイラムは見届けた。

 すると、無線機からヒカジの声が聞こえた。『イラム、ロボットが何かに引っかかったみたい』

 壁の中では、ひとあし先に行動を起こしていたヒカジのロボットが困難に見舞われていた。イラムは通路に入ったバトラーに大声で叫んだ。「バト、端末に映像を送って!」

 バトラーから送られた通路の中の映像を、イラムは端末でチェックした。

「ロボットの足に、配線が絡まってる! バト、配線を切るんだ! 急がないと、壁に閉じ込められるぞ!」イラムは大声でバトラーに指示を出した。

 太陽の扉の枠にかませた金属のパーツがミシッと音を立てた。金属パーツは熱に耐えられず、あと数分で切断される。扉が閉まるまでに二体のロボットがそこから脱出しなければ、壁の中に閉じ込められてしまう。最悪の場合、次の日に通った人工太陽の熱を直接受けて、ロボットの体はドロドロに溶けてしまう。そして、ロボットの中のヒカジは跡形もなく気化してしまうだろう。

 バトラーは右腕のアームを収納し、代わりにハサミ型のアームを出した。そして、通路を進み、ヒカジのロボットに近づき、ロボットの足に絡む配線を、ハサミ型のアームで切断した。

「バト! 急げ!」

 イラムは耐熱服を着て足場によじ登った。そして、足場の一番上のパイプを外し、それをつっかい棒に使い、内側に開いた扉が閉まらないように支えた。ジリジリと何かが焼ける匂いが漂っている。通路の中をのぞき込むとバトラーの背中が見えた。

 バトラーはハサミを収納し、ロボットアームを出し、ヒカジのロボットの腕をつかんだ。そして、足をイラムのほうにぐんと伸ばし、扉の窓枠に足先を引っかけた。次の瞬間、バトラーのボディがイラムに向かって飛んできた。イラムは間一髪でそいつをかわしたが、狭い足場でバランスを崩し、真っ逆さまに落下した。その下は補助用の空気マットから一メートルほど外れた所だった。

 バトラーの視界に落ちていくイラムが横切った。バトラーは窓枠に引っかけた足を離し、片腕のアームで窓枠に捕まった。落下するイラムを捕まえようにも、もう片方のアームはヒカジのロボットをつかんでいて空きがない。このまま落ちればイラムの体は地面にたたきつけられて大怪我を負う。

「あーっ!」

 イラムが叫んだそのとき、どこからかアームが伸びてきた。そして、そのアームは間一髪で落下していくイラムの足をつかんだ。


 イラムが固く閉じた目を開けたとき、目の前数センチの所に地面があった。彼の足をつかんだそのアームは、ヒカジのロボットのものだった。イラムが逆さまになったまま足場を見ると、二体のロボットが同じように頭のランプを青く回転させていた。

「助かった」とイラムは安堵してつぶやいた。

 ヒカジのロボットはイラムを地面に降ろし、伸びたアームを引っ込めた。そして、二体のロボットはそろって足場の上からジャンプし、足の裏から白い煙を噴射させながら、ゆっくりと空中を降りてきた。

「危なかった。助かったよ、ありがとう」とイラムはヒカジのロボットに礼を言った。

「わたしも助かったわ。ありがとう。あなた、お名前は?」、ヒカジのロボットがバトラーに尋ねた。

「君はしゃべれるんだね。うちのバトラーは『ピ』と『ピピ』しか言わないんだ。でも、今は無線機の部品を借りていて、それも言えないんだけどね」とイラムが耐熱服を脱ぎながら言うと、バトラーは頭のランプを赤く点滅させた。

「あら、怒ってるわ。わたし、メイディ。バトラー、よろしくね」とメイディが言った。

 すると、彼女のボディからガンガンと音が聞こえてきた。さらに、ガンガン、ガンガン、と鳴ったあと、カーンという軽い金属音とともに、メイディの背中のパネルが二メートルほど後方に飛んで、中から小さな女の子が出てきた。

「痛たたたたた」とヒカジは腰に手を当てながら言った。「ふぅ。やっと出られたわ」

 ヒカジはイラムと同じデザインのスーツを着ていた。イラムのは側面に赤いラインが入っており、ヒカジには黄色いラインが入っている。体にピッタリとフィットした作業着風ツナギのスーツである。

「大丈夫かい?」イラムはヒカジに声をかけた。

「イラムね。はじめまして。想像していたよりハンサムね」

「ありがとう。君は想像以上に小さいね」

「小さいと、なにかと便利なのよ」

「たとえば、ロボットの中に入って脱出するとかだね」

「その通り!」

 二人は生まれた時から、それぞれ人工頭脳とロボットと暮らしており、生身の生物に会ったことがなかったが、一瞬にしてお互い気が合うことがわかった。二体のロボットも同様、姿かたちまで瓜二つ。大きなバケツ型で、頭にランプを搭載しており、まったく同じ形の同じデザインで、配色と音声出力機能が違っていた。バトラーはブルーのライン、メイディはオレンジ、まるで双子だった。すでに二体も意気投合し、プラントの中を行ったり来たりと走り回っていた。

「まぁ、なんだか兄と妹みたいね」

「いや、メイディのほうがお姉さんだな」

 ヒカジとイラムはお互いのロボットを謙遜して言った。

「形が同じだから設計者は同じだね。でも、メイディは話せるのに、うちのバトラーは話せないのはどうしてなんだろ?」

「ああ、そのことなら、理由は簡単よ。私が改造したの」

「なんだ、君が改造したのか。ロボットと会話するなんてこと、考えもつかなかったな」

 するとバトラーが走って来て、頭のランプを青くクルクルと回転させた。

「君も話せるようになりたいのかい?」とイラムが言うと、バトラーはさらにランプの色を赤や黄色に点滅させた。

「そんなに僕と話したいのかい?」

 頭のランプは赤く点灯した。そしてプラントの真ん中に立っているメイディを差した。

「なるほど。バトラーはうちのメイディと話したいのね」とヒカジが笑って言った。

「僕じゃないのか!」とイラムは眉間にしわをよせてバトラーをにらんだ。

「簡単な手術ですぐ話せるようになるわよ」

 バトラーはさらに興奮して、足をバタバタさせた。

「しょうがないなー、ヒカジ、しゃべれるようにしてくれるかい?」

「了解!」

 バトラーは頭のランプをクルクル回転させて踊ってみせた。そして、メイディも踊るバトラーの周りをクルクルと走り回った。


「ところで、君は胸に何を入れてるの? プロテクターかい?」

「いやーね。これはパイよ。ナノコを見るのは初めてなのね」

「ナノコって何だい?」

「私もオノコを見るのは初めてだけど」とヒカリは言った。「私たちブレイノイドは地球の人間を元に造られたの。人間には子孫を残すための機能として、オノコとナノコという性別が存在するの」

「僕はオノコなんだね」

「そう。オノコにもナノコにはない機能が付いているはずよ」と言って、イラムの体の一部を指差した。

「あ、これね。ペニはヒカジにはないんだ。オシッコをするだけの機能にしては、ちょっと違和感あるんだ。やっぱり別の使い道があるんだね。植物みたいに花粉を飛ばすのかな」

「そのようなものだと思うわ」

「マリアが故障していたせいで、そんなこと教わらなかったよ」

「マリアはここのメインコンピュータ?」

「そうだよ。でも地震のあと、通信できないんだ」

「じゃ、それもあとで私が見てみるわ」

「お願い」

「私の所のコンピュータはダナっていうの。オノコ型コンピュータよ」

「コンピュータにも性別があるんだ」とイラムは感心して言った。「マリアは君の話し方に似てる。ナノコだね」

「人間のような生殖機能はないけど、私たちブレイノイドを育成するために、性別を設定してあるの」とヒカジは答えた。「ダナは私のファーザ。オノコが成長するとファーザになれるのよ。マリアはきっと、あなたのマーザね」

「マーザって、いつも口うるさいのかい?」とイラムは愚痴をこぼした。「ダナは君がここへ来たことを知ってるの? マリアならきっとダメって言うよ」

「ダナもよ。危険だからって止められたけど、メインスイッチを切って、抜け出して来たの」

「僕たちはなぜ、それぞれ隔離されてたんだろう」とイラムは疑問に思っていたことをふと口にした。「ここはどこなんだろう」

「それが、ダナも知らないのよ」とヒカジは答えた。「XYZ空間ということだけはわかってる。地球もXYZ空間にあるそうよ」

「マリアの見解では、本来、このシェルターは地震のような揺れは起こらないらしいんだ。地震が起こったということは、地球の上にいるのかもしれない」とイラムは言った。「それにもうひとつ、マリアが『2314年9月15日人類滅亡』というログファイルを見つけたんだ。でも、タイムを失って、それが過去のことなのか未来のことなのかわからないんだ」

「地球の太陽時間なら、過去のものということになるわね。でも、私たちの生活では過去も未来も一つの点でしかないもの」とヒカジは言った。「ここのプラントは太陽時間を使ってるみたいね?」

「プラントルームとガーデンルームは太陽時間が流れてるんだ。半分は自動栽培だけど、人間と同じように、ベジタブルとフルーツとフラワーは僕が育てているんだ」

「私のところは全自動だから、時間の感覚がうまくつかめないわ」

「そういえば、そろそろお昼の時間だ。お腹減ったでしょ。僕が料理するよ」

「まぁ、料理もできるのね? 私のところはご飯も全自動よ」

「さぁ、ダイニングへどうぞ。マリアもバトラーも食べる機能がないからさ。料理ができたってつまらないんだ。でもさぁ、料理はマリアのレシピなんだよね。食べられないのに、なんで味がわかるんだろ」

「きっとマリアの開発者はお料理が好きだったのね」

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