僕の名は。
どうして、僕と彼女が最初に出会った伝説の樹の下に僕はいるのだろう?
今までの彼女とのことは全部夢だったのだろうか?
そんなことを考えていると、誰かがやってきた。
白衣を着た男女2人。
あれあれ? これって、もしかして、実はここまでの物語は自分の頭の中で自分自身が作り出した妄想とかそういうことで、僕は何らかの精神疾患だったとか、そういうオチ?
「そうではないですよ」
白衣を着た男性が言った。
ああそうか。僕の思考が読まれているということは、やはりそういうことなんだ。思えば、色々おかしいことが多すぎた。
そもそも、僕は一体誰? 自分の名前を言えと言われても出てこない。彼女の名前もそうだ。
ここまでの流れで、僕と彼女の名前がないというのは、僕が妄想で考えた物語だからなのだろう。
「一度システムからログアウトさせますね」
白衣を着た女性が言った。
何を言っているんだ? そう思ったとたん、僕は急に強い眠気に襲われ、目の前が暗くなるのを感じた…。
……目が覚めた。
すべて思い出した。
これまでの物語の全ては、夢でも妄想でもなく、実験のひとつだったのだ。
僕の名前は緒方雄一郎。22歳の大学生。
人には誰しも、忘れたい辛い記憶や、なかったことにしたい過去の過ちがある。いわゆる黒歴史というやつだ。
例えば、中学生のときにいじめにあって、それ以来、人とうまく話すことができなくなった…そういう人がいたとする。その記憶を別の記憶に書き換えることができたら、その人はうまく話せるようになるのでは? そういったことを可能にするプロジェクトに僕は参加して、臨床試験として、自分自身の過去の思い出を書き換える実験を行っていたのだった。
僕の場合、高校一年のときに、三年の先輩に告白して振られて、そのことがきっかけで恋愛がうまくできなくなってしまい、辛い青春時代を過ごしていた。
それで、その思い出を楽しいものにするため、自分が理想とする女性像やシチュエーションを自分が実際に体験したこととして記憶を書き換えることで、暗い高校時代をなかったことにしようとしたのだが…。
女性の好みとして、ノリがよくて明るくて、僕のことが大好きで、マンガやアニメが大好きで…と色々データを入力して、理想の彼女像をつくリ上げたはずが、なんだかぶっとんだキャラになってしまっていた。
まあ、あれはあれで面白かったのだが、冷静に考えると、それが実際に起きたこととして記憶が書き換えられたとしたら、あの彼女は実在しないわけで、最終的には何らかの形で別れて、今現在と記憶がつながることになるのだろうか? それはそれで寂しい気もする。
いずれにせよまだ実験段階なので、改良すべき点は山のようにあるけど、一つだけ確かなことは「彼女」のモデルになった、僕を振った彼女、実際僕が高一の時点では、僕よりも15センチ背が高かった。
そのへんも、僕が振られた原因のひとつだった。実験の中の彼女は、僕よりも年下になっていたから、僕が許容すればそれでよかったのだけど、現実では彼女のほうが年上で、彼女にしてみたら、彼氏のほうが背が思い切り低いというのは受け入れられなかったのだろう。
今どうしているかな…。
この実験を行うまでは、今の彼女に会いたいなんて夢にも思わなかったけど、現実ではないとはいえ、僕のことが大好きだった彼女(実在しないけど)を思うと、再会することで、自分自身のリアルな過去を乗り越えるきっかけになるかもしれない…。そう思った。
よし、会いに行こう! 現在25歳の彼女、久保田詩織さんに。
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