暴走令嬢、男装して王立騎士団に入隊!?⑦
クライヴがぐっと眉根を寄せた。
絶叫が裏路地に反響する。自分の声が確かに届いたことを噛み締めて、アシュリーは全身の力を振り絞った。けれど、縄が邪魔だ。
「ふぐ……っ」
両腕にいっぱいの力を込めて、手首の縄を引き絞る。
「おい、お前……」
「ぜえ……はあ……っ」
抜けられない。
アシュリーはせめてと、絶句しているクライヴに向けて這ってゆく。
「これが、クライヴさまの影……!」
本人がいるからこそ生まれるものに、感動が湧き上がる。
「私いま、クライヴさまの影に入ってる!! この体で! 妄想じゃなく、ちゃんと現実で!!」
「……!?」
「はああっ、その私を見下ろす冷たい目……!!」
アシュリーに視線が向けられている。それだけで、天にも昇れそうだ。
「クライヴさま……」
「っ……」
少しでもお傍へ……。
その一心から、縛られて自由のきかない体を必死で動かし、ずるり……ずる……と這ってゆく。
「……おい。俺に近寄るな」
「ぜえ、はあ。……ふんぬっ……!!」
アシュリーは、ぶるぶると震えるほどに手首の縄を引っ張った。
縄が食い込んで熱く感じる。指先が少し痺れてきた。無理して動かす全身は重いが、心に湧くときめきの方が遙かに強い。
「み、見た目が格好いいだけじゃない……」
みち、と、縄が少しずつ切れてくる。
「噂通り、すっごく強いなんて……天は二物を与え……るん……だ……」
少し裂けた縄の切れ目が、どんどん広がってゆく。
「格好良過ぎる……。ただ、そこに立ってるだけで……!! こっちを見下ろしてるだけで、世界を揺るがすほど素敵……!!」
「だから、近寄るなと……」
「このチャンス……っ! 逃す、わけには……!!」
「!!」
アシュリーはついに縄を引き裂き、クライヴの足元にがしりとしがみついた。
しっかりとした脚の筋肉の感触が、制服の布越しに伝わってくる。恍惚とクライヴを見上げ、あまりの奇跡に朦朧としながらも言った。
「お願いします……っ! 一度だけでいいのでっ、あなたのシャツを洗濯したその水を、僕に飲ませてください……!!」
「…………っ……」
硬直していたクライヴの拳が、ぐっと握られる。クライヴにとって、これが見知らぬ男からいきなり詰め寄られた挙げ句の発言になるということは、興奮するアシュリーには思い至らない。
そして、次の瞬間。
「ふざけるな、気持ち悪い!!」
「ぎゃ――――――!!!!!」
とてつもない衝撃が脳天に走り、アシュリーの視界はくわんと歪んだ。
殴られたのだ。いいや、殴ってもらえた。
「ああ……! これが、クライヴさまの手が私の頭に触れた感覚……!」
恋した男の完璧さに眩暈がする。さすがは英雄と呼ばれた騎士の一撃だ。そんなアシュリーを見下ろして、クライヴが剣の切っ先を向けた。
「お前……ただの一般市民じゃないな……?」
「はい、僕の正体はあなたへの恋の狩人です!! ドン引き顔もありがたや、ありがたやあああ……!!」
「来るな変態。これ以上触ったら次は殺す」
「へ、変態……!? はああっ、あ、クライヴさまに『変態』として存在を認めてもらえた……!! この上ない、光、栄……!」
殺すぞなどと言われなくともすでに死にそうだ。アシュリーは胸を押さえつけ、ごろんごろんと地面を転がる。
「これから毎日クライヴさまとひとつ屋根の下なんて……幸せ過ぎて寿命が縮んじゃう……!!」
「……!? 待て。お前まさか」
「はい!! これから一年間、見習い騎士として頑張りますので!!」
アシュリーは荒い息をつきながら起き上がり、クライヴの足元に跪いた。
「よろしくお願いします、クライヴさま……」
そして、クライヴの靴にキスをしようとした、のだが。
「だから、触るなって言ってんだろ!!」
「はぶうっ!!」
綺麗に下から蹴り上げられ、アシュリーの体は吹っ飛んだ。
(ああ……こんなに何度もクライヴさまに触ってもらえるなんて……)
自分の体が宙を舞うのを感じながら、アシュリーはそっと目を閉じる。
(なんて……なんて幸せ者なんだろう……!!)
地面に投げ出されたアシュリーは、遠のく意識の中で、心から満足げな微笑みを浮かべるのだった。
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暴走令嬢の恋する騎士団生活 夏野ちより/ビーズログ文庫 @bslog
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