暴走令嬢、男装して王立騎士団に入隊!?⑥
「ぐっ……!?」
男の濁った呻き声と共に、首を圧迫していた力が弱まる。
「げほっ、ごほっ!!」
アシュリーは地面にくずおれて、そのまま盛大に咳き込んだ。後ろ手に縛られているために自由がきかず、なかなか呼吸が整わない。
そのあいだにも、周囲で誰かが騒ぐような声が聞こえる。けれど、呼吸をするだけで精いっぱいなアシュリーはそれどころではない。
「っ、はあ……」
ようやく落ち着いて、なんとか顔を上げた。だが。
「!?」
アシュリーの目に飛び込んできたのは、辺りに倒れた人さらいたちの姿だった。
「え!? し、し、しししししし死んでる!?」
「――殺してねえよ」
聞こえてきた低い声に、アシュリーはがばっと振り返る。
そこにいたのは、黒髪の騎士だ。
赤と黒に彩られた制服を纏うその騎士は、地面に片膝をつき、倒れている人さらいのフードを乱暴に剥ぎ取った。騎士の右手に握られているのは、抜き身の剣だ。
薄暗い路地の陰となり、アシュリーからは顔がよく見えない。しかし、横顔から窺える切れ長の双眸が、ひどく不機嫌そうなのは分かる。
「た……助けて下さったんですか……!?」
そうだとしたら、なんと鮮やかな剣技だろう。
ものの数分で、荒事に慣れた人さらいたちを全滅させてしまったのだ。驚いて尋ねたアシュリーに対し、騎士は目を伏せて、静かに溜め息をつく。
「ちっ……」
舌打ちのあとに、その騎士は口を開いた。
「…………間違えた……」
「――――……えっ!?」
零されたのは、心底どうでもよさそうな声音だ。
「間違えたって、あの……えっ、ええ!?」
「人の仕事中に、別件の犯罪者が紛らわしく出てきやがって」
「わた……僕を助けて下さったのでは!?」
「……」
じろり、と。
鋭い目がこちらに向けられる。
他人を寄せつけようとはしない、それどころか拒絶するような強い視線だ。人によってはそれを恐れ、委縮してしまうだろう。
けれど。
「……怪我は」
(――え?)
その瞬間、アシュリーの脳裏に、遠い日の面影が浮かび上がる。
こちらに伸ばされた手。淡々とした配慮。整い過ぎていると感じるほど精悍な顔立ちと、刃のような鋭さを帯びた目。
改めて見つめた男の顔に、アシュリーは言葉を失った。
(まさか……)
心臓が早鐘を刻み始める。と同時に、どうしようもない恋しさできゅんと胸が軋み、泣きそうになった。
「クライヴ、さま……?」
間違いない。
――クライヴ・ハルフォード。
アシュリーが六年思い続けてきた男が、今、目の前に立っている。
「おい。聞いているのか」
「あ……あ……」
「……?」
思考が上手く回らない。
(私に、話しかけて下さってる……?)
冷たくも美しい『彼』の声。
アシュリーを見下ろす高潔な目つき。
不機嫌そうな眉間の皺と、少し突き放したような話し方。
それを向けられているのが自分だなんて、信じられなかった。
(クライヴさまが目の前にいて、クライヴさまの視界に私が入って……って、しかも私、認識されてる……!?)
これが現実。
現実とはいったい。いや、現実でなくてもいい。夢でも幻でも構わない。そう思うのに、受け止めきれずに震えてしまう。
目をすがめた騎士は、アシュリーが後ろ手に縛られていることに気づいたらしく、何度めかの溜め息をつく。
「じっとしてろ」
そう言って後ろに回った彼が、アシュリーの手に触れた。
冷たい手だ。……それを感じた、その瞬間。
「っ、ああああっ、ああああああああああああああ!!」
「!?」
アシュリーの中で、何かが弾ける。
クライヴがぱっと身を引いた。けれどアシュリーの手には、冷たい感覚が残っているのだ。とんでもない事実に、ぽろぽろと涙が零れてくる。
「あ……あああ……」
尊い。あまりにも眩し過ぎる。その気持ちが、思わずれ出てしまった。
「私の手に、クライヴさまの指紋をつけてもらえたああああああああああ……っ!!」
「…………っ、は?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます