暴走令嬢、男装して王立騎士団に入隊!?⑤
その言葉に、アシュリーは思わず食いついた。
「兄ちゃんって、わた……僕のことですか? 本当ですか、ちゃんと『兄ちゃん』に見えてますか!?」
「なんだって?」
男たちは一瞬面食らった顔をする。だが、アシュリーにとっては死活問題なのだ。
「はーよかったあ……! ひとまず、お城で門前払いされることはなさそう……!」
「お、おい兄ちゃん……いまの状況分かってんのか?」
たじろぐようにそう言われ、もう一度辺りを見回してみた。
人通りのない裏路地。
豹変した老人。辺りを取り巻く男たち。よく見れば彼らの傍には、人ひとり入っても問題のなさそうな木箱が置かれている。
まさか、これは……。
「分かったら、大人しく来やがれ!!」
「ぎゃあ―――! 人さらい!?」
アシュリーは脇をすり抜けて、すぐさま逃げ出した。だが、男たちも当然見逃してはくれない。
「逃がすな、追え!!」
(剣抜いてる!! ど、どどどどどうしよう!?)
全力疾走しながら青ざめる。敵国との休戦から三年が経ち、混乱も落ち着いてきたはずだが、それに乗じた犯罪はまだ減っていないという話は本当だったのだ。
(攫われたらクライヴさまに会えなくなる!! しかも、服も売れそうって……!!)
脱がされたりしたら大変だ。なにせ、胸を布で隠しているのだから。
(そんなことになったら、逃げ切って騎士の人に助けてもらえても男装がバレちゃう!! クラ
イヴさまとのめくるめく日々も水の泡に!? やだ、死んでも死に切れない!!)
恐怖心から必死に走る。令嬢にしては体力に自信のあるアシュリーだったが、土地勘がないせいで、やがて袋小路へと追い詰められてしまった。
「残念だったな兄ちゃん、そっちは行き止まりだ! とっとと観念して……うおっ!?」
「せいっ!!」
『ごっ』と響いた鈍い音。
アシュリーが拾って投げた石は、見事男の額に直撃した。
(わああああやった! 花嫁修業の投石術が役に立った!)
遭難しても夫に料理を作ってあげられるよう、狩りに使うための技術を身につけておいて本当によかった。
(これぞ愛の力……! ありがとうございます、クライヴさま!!)
「このガキ!!」
「隙あり!!」
アシュリーはすかさず石を投げる。今度は鼻に当たり、人さらいがうずくまった。
(ひとまずここは切り抜けて、人通りのあるところまで逃げないと……!)
しかし、一瞬の隙をついて、男のひとりが飛び込んできた。
「ほら、大人しくしやがれ!!」
「ぎゃあ!! ふぬぬ、放し、て……!!」
押さえつけられたアシュリーは、渾身の力でじたばたともがく。
「私を抱き締めていいのは……クライヴさま、だけなん、だからああああああああっっ!!」
「うわっ!? くそ、なんて力だ!!」
身を捩り、手を振って、浮いた足で宙を蹴った。すると、アシュリーを押さえる男が慌てたように言う。
「おい兄ちゃん、大人しく……いってぇ!! くそ、誰か手伝え!」
「駄目だ、暴れっぷりがすごくて近づけねえ! 首絞めて失神させちまえ!!」
その言葉と共に、アシュリーの首に腕が回される。懸命に逃れようとするが、どんどん息が苦しくなってきた。
(だめ……! クライヴさまに会わずに、死ねな、い……!!)
まだ、匂いも嗅いでない。視界に入れてもいないし、それから、それから……。
(クライヴさま……)
手首をロープで縛られ、もはや抵抗もできない。そのままアシュリーの気が遠くなりかけた、そのときだった。
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