暴走令嬢、男装して王立騎士団へ入隊!?②


 ――このアルトデリア国が誇る最強の騎士、クライヴ・ハルフォード。

 六年前に出会ったアシュリーの初恋の相手は、敵国から国境を守り抜いたことで英雄と呼ばれるようになった、十九歳の若き騎士である。

 孤児でありながら、史上初めて王立騎士団近衛隊への所属を許された、剣の達人だ。

一度しか会ったことのない人でも、アシュリーは彼のことがずっと好きだった。アシュリーの部屋には、彼に関する噂を書き留めた紙が山のように積まれている。

 けれど、別の人との結婚が決まってしまうだなんて。


「こんなに好きなのに……!」


 アシュリーは屋敷の廊下を駆け抜けて、ある部屋の扉を開け放した。飛び込んだ先は、どんよりとした室内だ。


「助けてアッシュ!! ……うっ!」


 カーテンの閉め切られたその部屋は、昼間だというのに薄暗い。慣れているはずのアシュリーも怯む、陰鬱な空間だ。


「悲しい気持ちに拍車をかける、空気の淀んだ部屋……!!」

「……なに、アシュリー……」


 部屋の奥で、もそりとシーツの塊が動いた。

 ベッドの中から顔を覗かせたのは、アシュリーとそっくり同じ顔の少年だ。髪を短く切り揃えているほかは、アシュリーと瓜ふたつな双子の兄、アッシュである。

 アシュリーは、兄のベッドに取りすがった。


「聞いてアッシュ! このままじゃ私、クライヴさま以外の人と結婚させられちゃう! 私たちは赤い糸で結ばれているはずなのに……!!」

「えー……」


 アッシュはシーツの中に再び身を埋めると、気だるそうに言う。


「嫁入り先が決まってよかったじゃないか。結婚おめでとー……」

「おめでたくない! というかアッシュ、面倒だからって適当に流そうとしないで!」


 再びベッドに潜った兄を引っ張り出し、アシュリーは盛大に泣きついた。


「力を貸して欲しいの! アッシュなら、あのお父さまも説得できるかもしれない!」

「僕はいま、現実逃避で忙しいんだ……。大体、赤い糸ってなに」


 気だるげな兄の目が、アシュリーをちろりと見遣る。


「ハルフォードの方は、アシュリーと結婚したいなんて思ってないよ……」

「うっ」

「存在も覚えてないんじゃない? というかお前、父上さえ許せば当然ハルフォードと結婚できるって思ってるところが怖い」

「ううううう………………」


 その指摘により、アシュリーはベッドに突っ伏した。

 正しいことだらけなアッシュの言葉に、心がえぐられる。それでも諦められなかった。


「六年前、クライヴさまに助けてもらってから、ずっとあの方のお嫁さんになることだけが夢だったのに……!!」

「そのせいで、素っ頓狂な花嫁修業に散々付き合わされたな……」

「もうやだ!! 今世に期待できないのなら、せめて来世ではクライヴさまに寄り添いたい……っ!! 神さま教えて、どうしたらクライヴさまの着ているシャツに生まれ変われるの……!?」

「シャツ……? なんでシャツ……?」


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