暴走令嬢の恋する騎士団生活
夏野ちより/ビーズログ文庫
一章
暴走令嬢、男装して王立騎士団へ入隊!?①
「アシュリーよ、喜べ。お前の結婚が一年後に決まったぞ」
「え……! それじゃあついに私、クライヴさまのお嫁さんに……!?」
伯爵令嬢アシュリー・ウェントワースは、父の書斎で喜びの声を上げた。
大きな瞳はきらきらと輝き、嬉しさのあまり頬が赤く染まっている。何しろアシュリーは、この知らせを長らく待ち続けてきたのだ。
「あの方に初めてお会いした日から六年、長きにわたる花嫁修業が実を結ぶのね!! やったー!! ばんざーい!! やったーっ!!」
くるくると回ってはしゃいだあと、アシュリーは父の両手を握り締めた。
「ありがとう、お父さま……! アシュリーは……! アシュリーは……! 恋したお方と幸せになりますっ!」
嬉しくて、ほとんど叫んでいた。だって、ついにこのときが来たのだから。
ところが……。
「……待て。違う」
「ん? 何が違うの、お父さま?」
苦い顔をした父は、やれやれと溜め息をついたあとアシュリーに言った。
「お前の婚約者は、騎士クライヴ・ハルフォードではない」
「……」
耳を疑うような言葉に、思考が停止する。
「……えっ?」
――結婚相手が、あの人ではない?
「は、はは……」
無理やり搾り出したアシュリーの声は、自分でも分かるほど裏返っていた。
「お、お、おおお、お父さまったらやだもう、しっかりしてくださいよー! まだそんなお歳じゃないのにすっかり
「しっかりするべきなのはお前だろう。結婚相手はお前もよく知るロード伯のご嫡男だ。敵国との和平も実現しようかというこのご時世、ロード家に嫁げば、お前は一生幸せに暮らせる」
「そんなことない!」
アシュリーは慌ててかぶりを振った。望んでいるのはお金でも、地位でもない。
「私の幸せは、クライヴさまと一緒にいることだもん! 結婚相手がどんなに身分のある人だとしても、クライヴさまじゃなければ幸せにはなれないの!」
「お前ももう十六歳だ。子供のころ一度会ったきりの男に、英雄像を重ねて憧れるのはそろそろやめなさい」
「い、や、で、す!!」
「アシュリー!」
父がどんっと書斎机を叩く。
「いい加減にするんだ。伯爵令嬢という自身の立場をわきまえろ」
その言葉は、アシュリーの胸に深く突き刺さった。
ぐうの音も出ない。
父の言うとおり、アシュリーは伯爵家の娘だ。身分相応の家に嫁ぎ、夫を支え、一族の繁栄に力を注ぐことが役目だと分かっている。
けれど。
「お……お父さまの馬鹿ーっ、分からず屋!! 最近髪が薄くなってること、もう黙っててあげないんだからーっ!!」
「何!? どこが!? 執事め、くれぐれも気を使わず言えとあれほど……って違う! こらアシュリー、待ちなさい!!」
渾身の捨て台詞を吐き、アシュリーは父の書斎を飛び出した。
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