暴走令嬢、男装して王立騎士団へ入隊!?③
悲しみに暮れるアシュリーを、アッシュはベッドに頬杖をついたまま眺めた。そんな兄の突っ込みも、アシュリーにはあまり聞こえない。
「多くは望まないの……。もうお嫁さんなんて贅沢は言わない、傍にいられるだけで!」
アシュリーの言葉に、兄は何かを思いついたように目をすがめる。
「……本当に、傍にいられるだけでいいの?」
「いい!」
「たとえばそれが一年だけでも?」
「一月でも一週間でも一日でも!」
「大変なことがあっても頑張れる?」
「なんでもする!!」
「ふーん……。……あのさぁ、実は僕も困ってるんだよね」
いきなり話題を変えられ、アシュリーは不思議に思って顔を上げた。
「困ってるって、何に……?」
「父上が、『社会勉強のために一年ほど騎士団に行け』って僕に言うんだ」
「えええっ!? 引きこもりのアッシュが騎士団!?」
この国には、貴族の嫡子向けの教育として、一年間騎士団に入って訓練をするという制度がある。
騎士として王に仕え、市民のために働いて、ゆくゆく爵位を継ぐときのために学ぶというものだ。しかし、普段から「日の光を浴びたら体が溶ける」と言い切る兄には絶対に無理だろう。
「恋愛脳と引きこもり。父上は、僕ら兄妹をまとめて厄介払いするつもりだ。でもね、それに抗う方法をいま思いついた。――アシュリー、僕の代わりに行ってきてよ」
「行くってどこに?」
「騎士団」
アッシュの言葉にぎょっとして、目を見開く。
「でええっ……!? なにその発想!? できるわけないよ! そもそも私女の子だし!」
「シャツに生まれ変わるよりは、簡単だと思うけど……。それに性別のことは、変装すればごまかせると思う。僕たち、元々そっくりだから」
「私がアッシュのふりをするの!?」
「じゃなきゃ、女は騎士団に入れない」
「無理無理! いくらアッシュのためでも、絶対バレるもん!」
「アシュリーは、『クライヴさま』に会いたくないの?」
ぴたり。
思わず、体の動きが止まった。
「……え……?」
「だって、ハルフォードは近衛騎士なんでしょ、王立騎士団の。僕の代わりに騎士になれば、結婚までの一年間はそいつの傍にいられるよ」
「く、クライヴさまのそばに……?」
「敵国との関係がよくなってから、もう数年になる。前は国境の防衛をしていたハルフォードも、ここ二年ほどは王城にいるって。これ、お前から聞かされた話なんだけど?」
「……!」
あまりの提案に、アシュリーの手が震え出す。
結婚以外の手段で、クライヴの傍に近づける方法があっただなんて。
「男装すれば、クライヴさまの吐いた息が吸える距離まで……接近できるかもしれない……?」
「そうだよ」
「クライヴさまが踏んだ床に、頬ずりするくらいのチャンスはある……!?」
「それどころじゃない。場合によっては、靴にキスができるかも」
「キス!!」
想像しただけで、心臓がばくばくする。興奮でおかしくなってしまいそうだ。
「着替えとお風呂に気をつければ、一年ぐらいごまかせると思う。執拗に付け回すとか、変態行動を取るのは追い出されない範囲でね。どう? この案、む?」
「……っ」
アシュリーは、ぎゅっと拳を握り締めた。
「やる! 男装して、クライヴさまの使ったお風呂のお湯を飲んでくる!」
「……うん。そこまでするのはちょっとアウトかな……」
こうしてアシュリーは、兄の代わりに一年間、騎士団へ潜り込むことになったのだ。
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