元聖剣の日常④



 次の日の午後、ルティアはギルドの一室で、十人ほどを前に挨拶していた。


「冒険者志望の皆さん、初めまして。ギルドに所属する薬師のルティア・ホワイトです。今日は皆さんにギルドの基本的な説明をしたいと思います」


 ルティアは部屋の中にいる十人をぐるりと見回して、内心ため息をついた。


 冒険者組合に入りたいというだけあって、腕に覚えのありそうな成人男性から冒険者に憧れる少年、それにとてもひ弱そうな男性までいる。女性もいた。もっとも、見かけでは分からないのが冒険者という職業だ。いかにも筋肉隆々の男性がひ弱な魔術師に勝てない場面というのもありえるのだ。


「組合ではお尋ね者でない限り、受け入れております。ギルド入会に関して試験や資格はありません。年齢制限はありますが、十二歳以上であれば問題ありません。性別も関係ありません。私もギルドの専属薬師でありますが、冒険者としても登録されておりますので」


 腕に覚えのありそうな若い男性がルティアを見て、眉をあげた。「お前が?」とでも言いたげな表情だ。誰の目にも剣など振り回す筋肉などなさそうなルティアは、冒険者にはとても見えないのだろう。


 まったく以てその通りなのだが、この場でD級にすぎないことまで口にする必要はない。ルティアはかまわず続けた。


「組合に所属しているのは剣士だけではありません。魔術師もいますし、元神官という方もいます。戦いには赴かない事務方もおりますから」


 にっこり笑ってルティアは女性やひ弱な男性を安心させると、黒板にS級、A級、B級と続けて書いていく。最後にE級まで書くと、希望者を振り返った。


「知っている方も多いと思いますが、ここに記したのは、ギルドの冒険者のランク分けです。ギルドに来る依頼は精査され、必ず危険度でレベル分けされます。EやD級だと受けられる仕事は限られますが、上に行けばどのレベルの仕事も受けることが可能となっております。ただ、皆様は初心者ですから、まずはE級からスタートしてもらいます。どんなに実力があろうと、これはギルドに所属する全冒険者が通る道ですので」


 ルティアはそこで言葉を切り、入会希望者の反応を確認する。彼らがちゃんと聞いているのを確認すると、頷いて先に進んだ。


「E級はD級の仕事の依頼を受注することができますが、単独行動は許されておりません。必ず指導役の冒険者と一緒に行動していただきます。まずは経験者に受注の仕方や仕事の仕方を教わるわけですね。そして何回か依頼をこなせば自動的にランクはDへあがります。なので誰でもD級までは行くことができるというわけです」


 その、誰でも行けるD級がルティアのランクなのだ。


 ――どうせ底辺ですよ。


 自分の言葉にふてくされながら、表面上は和やかな表情で続ける。


「D級になれば単独で依頼を受けられます。もちろん、誰かと組んで仕事をすることもできます。報酬は分け合うことになりますが、複数だとそれだけ早く依頼をこなせます。そして依頼をある程度こなして実績を作ればランクをあげることができますが、戦闘の実技試験に受からないとC級へはあがれません。C級の仕事の中には戦う必要のある依頼が含まれているからです。ただし、B級へあがる時には試験はありません。仕事内容はより危険なものになりますが、C級で実績と実力をつければあがることができます」


 ルティアは黒板に向き直り、BとAの間に横線を一本引いた。


「次にA級ですが、こちらは冒険者組合の設立理由や存在意義でもある魔獣や魔人との戦いも含まれてきます。言いかえればB級までは魔獣や魔人が関わっていると思われる依頼を受けることができません。それだけ魔属と対峙するのは危険ということですね。でもその分報酬は高く、冒険者組合の花形です。皆さんにはぜひこのA級を目指して頑張ってもらいたいと思っております」


 腕に覚えのありそうな成人男性が云々と頷く。よほど腕に自信があるのだろう。


「ただギルドに所属する冒険者の多くがB級どまりなのですが、それがなぜかはご存知ない方も多いと思います。理由はコレです」


 ルティアは隠し持っていたガラス瓶を取り出して机の上に置いた。


「これが何だか分かりますか? 特殊な魔術がかかったこの容器の中には、魔属化の原因である瘴気が入っています」

「何だそりゃ? 何も入っていないじゃないか」


 腕に覚えのありそうな男性が顔を顰める。一方、ひょろっとした男性の方はガラス瓶の中を興味深そうに見ていた。唯一の女性もだ。少年もへぇっというような目で見ている。


「ちなみに。私の目には、中に黒い靄のようなものが見えます」


 にっこりと笑うと、ルティアはガラス瓶を手に取った。


「もうお分かりかと思いますが、この瘴気が見えるかどうかの違いがA級とB級を分ける決定的な違いです。瘴気は魔力のある者にしか見ることができません。魔属の中には瘴気に取り込まれていることが一見分からないものもあります。それを見分けることができなければ、彼らと戦うことはできないのです。そしてA級であっても魔属と単独で戦うことはなく、複数の冒険者と組んで戦います。単独で魔属と戦うことができるのはこの冒険者だけ」


 ガラス瓶を片手に持ったまま、ルティアはS級の文字を二重の線で囲った。


「ギルドの最上位ランクです。S級は冒険者の中でも数えるくらいしかいません。このヴォルドのギルドでも、A級の冒険者は何人かいますが、S級の人はいないのです。私はギルドに所属してちょうど五年になりますが、まだ一度も会ったことがありません。それくらい希少な存在です。でも魔力を持っている方は、このS級を目指してぜひ頑張ってもらいたいと思います」


 ルティアはぐるりと見渡してにこやかに言った。


「残念ですが、魔力がない人はどんなに実績をあげてもB級どまりです。それで納得していただけるのであれば、帰りに受付に寄って冒険者登録をしていってください。登録をすると証明書が発行されます。その証明書があればギルド内で売られている武器や、薬や便利道具などを冒険者価格で購入することができますし、提携している宿にも安く泊まることができます。これはどの都市のギルドに行っても適用されますので、かなりお得ですよ。具体的な仕事については証明書を発行した後に受付から詳しい説明があります」


 最後にルティアはぺこりと頭を下げた。


「それではこれで基本的な説明を終わらせていただきます。本日は冒険者組合のヴォルド支部にお越しいただき、ありがとうございました」


 しばらくして一階に下りて受付に行くと、ルルが声をかけてきた。


「お疲れ様、ルティア。助かったわ」

「登録していったのは何人?」

「五人ね」


 今回の説明会で実際に登録したのは半分くらいに留まったようだ。例の腕に覚えがありそうな成人男性は登録しなかったという。


 それはそうだろう。どんなに頑張ってもB級どまりなら、傭兵にでもなった方が実入りがいいのだから。


「登録していった人も、数年後には果たして何人残っていることやら」


 ため息をついてルティアは受付台に寄りかかる。

 冒険者に憧れて登録する人間は多いが、実力がないとランクはあがらないし、あがったとしても今度は命を危険に晒すような仕事が待っている。途中で辞めていく人間も多かった。


「S級になれとは言わないけれど、せめてA級になるまで辞めないで育って欲しいわ」

ギルドに所属する古参の冒険者のようなことを呟くルティアに、ルルは笑いながら小さな袋を差し出した。

「はい、これ。元気の素よ、受け取って」

「わーい。説明会の手当だね、ありがとう」


 ルティアは笑顔で袋を受け取ると、悪戯っぽく笑った。

 ルルは笑った後、思い出したように顔を寄せて小声で言った。


「そういえば、今支部長を訪ねてきてる客人がどうやらS級の冒険者らしいの」

「え!?」


 S級といえばさっき希望者に説明した通り、めったにお目にかかれない希少な冒険者だ。


「ど、どんな人?」


 小声で尋ねると、さらに小さな声でルルは続けた。


「まだ若い男性よ。S級だと名乗らなかったから私は分からなかったけれど、A級のジルが彼の顔を知っていて、こっそり教えてくれたの」


 A級のジルというのはこのヴォルドに所属する古参の冒険者の一人だ。


「尋ねてきたのは『氷のアルド』らしいわ」

「……氷の……!」


 大声を出しそうになって、ルティアは慌てて口を押さえた。


「氷のアルド」と呼ばれる冒険者は有名だ。ちょうどルティアが冒険者組合に入ったのと同じ頃に彼も冒険者となったが、瞬く間にランクをあげ、半年足らずでS級まで上り詰めてしまったのだ。氷の、という名称は正式な位などではなく、他の冒険者が陰で呼んでいるあだ名だ。


 なんでもS級冒険者のアルドは、ほとんど誰とも口を利かず、近づいてくるものを冷たく睨んで寄せつけないらしいのだ。

 興味を引かれたルティアはルルにそっと尋ねた。


「アルドは噂通りの人だった?」

「ええ。すごくきれいな顔立ちをしていて、応対も丁寧だったけど、評判通りとても冷たい感じの人だったわ」

「そんな人がなぜ父さんのところに……」

「顔見知りという可能性もあるけれど、ジルはアーロイの地に向かうためじゃないかって言ってたわ」

「あっ。なるほど」


 バイロイドが言っていたではないか。ギルドの本部は魔王の封印を確認するためにS級かA級の冒険者をアーロイに派遣する予定だと。


 ――アーロイの地に行く冒険者がこの建物の中にいる……!


 ルティアはそわそわとし始めた。今回連れて行ってもらうことはできなくとも、将来雇うためにそのS級の彼とぜひとも知り合いになりたいと思った。氷のアルドだろうが、無愛想だろうが、実力がありさえすればいいのだ。


 ――客人のことを知らないフリをして父さんのところへ押しかけてみたらどうだろう?


 あとで大目玉をくらうに違いないが、それが一番いいような気がした。


「私ちょっと……」

「あ、ルティア! いいところに! 支部長が君を呼んでいるよ」


 見てくる、と言いかけたルティアに、一階に下りてきた補佐官が声をかけた。


「え? 父さんが? どうして?」


 勝手に部屋に押しかけようとしていたくせに、呼ばれたとなると躊躇してしまうルティアの背中を、ルルが叩いて発破をかけた。


「ほら行って! あとで感想聞かせてね!」

「う、うん」


 ルルの声に押し出されるように、ルティアは最上階にある支部長室へ向かった。


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