第34話 晶也とクマ

 沢渕のすぐ目の前で、クマは腕を組んで無言で立っていた。おそらく鬼の形相でこちらを睨みつけているのだろうが、窓から差し込む強い西日がその表情を奪い取っていた。

 まもなく列車は隣町に到着する。犯行に使われたバスを所有していた武鼻自動車サービス、そして叶美が襲われた廃ボーリング場の調査が、この後待っている。

 クマは満員電車の中で、じっと何かをこらえているようだった。それは沢渕への不満に違いなかった。身体全体からひしひしと伝わってくる。

 車両が大きく揺れる度、クマの交差した太い腕は沢渕の顔面に押しやられた。必要以上に圧力を感じる。鼻息もドライヤーの『強風』のように沢渕の髪の毛を揺らした。

「クマ先輩、随分とご機嫌斜めですね?」

 ようやくできた隙間から、そんな声を出した。

「当たり前だろうがっ」


 二人は列車を降りると、乗降客のうねりに逆らうことなく改札を出た。やはり夕刻のこの時間、田舎の駅も大いに賑わいを見せている。

「おい、晶也。ありゃ一体どういうことだ? ちゃんと説明してもらおうか」

「何のことですか?」

 沢渕はとぼけて言った。

「決まってるだろ、橘雅美のことだ」

 雅美は叶美と生徒会長の座をかけて戦った、いわばライバルである。しかもクマとの間には確執があった。もし叶美が選挙に負けるようなことになれば、探偵部はどうなってしまうのか、部員の誰もが疑心暗鬼であった。

 果たして選挙の結果、雅美は敗れ、探偵部も平穏無事を取り戻したかのように見えた。しかし沢渕の手引きで彼女は探偵部に入部した。それにはクマのみならず、メンバー全員が驚いたに違いない。

「どうしてあの女を探偵部に引き込んだ? その訳を聞くまでは、お前とは一緒に捜査できねえぞ」

 クマは脅しともとれる低い声で言う。

「部長の安全のためです」

「そりゃまたどういうことだ?」

「森崎先輩は一昨日犯人グループと接触しました。つまり犯人側に面が割れた訳です。前回は幸い警告だけで済みました。しかし次は何が起こるか分かりません。ですから外出は控えてもらいたいのです」

 沢渕が叶美の名を口にしたからか、クマは大人しく聞いている。

「つまり、森崎を守るために橘を?」

「その通りです。橘先輩は部長代理に適役だと思います」

「まあ、そうかもしれないな。個人的には好きになれねえが、アクティブといえば、確かにアクティブだからな、あの女は」

 クマはすっかり落ち着きを取り戻した様子である。

「ところでお前、本当に森崎は危険だと思うのか?」

「はい、事件の核心に近づけば近づくほど危険度は増すと思います。何もそれは部長に限ったことではありません。僕ら探偵部員だってどうなるか分かりませんよ」

「なるほど、だから新メンバーを加えた、か」

 クマは納得したのか、頷いた。

「しかしよ、何も橘じゃなくてもよかったんじゃねぇか?」

「いや、先輩は体操選手だから身体能力も十分高い。それに今回の選挙で生徒会に関わった人ですから、探偵部員になる資格は十分あるのです」

「そりゃ、そうかもしれんが、あいつは森崎とは違って、頭じゃなく身体で考えるタイプだからな。我々の足を引っ張らなきゃいいんだが」

 クマは一つ大きなため息をついた。

 実は、沢渕にはもう一つの理由があった。

 叶美は今、自信を喪失している。自分の命の危険もさることながら、今後捜査を続けることで多喜子や奈帆子、直貴に危害が及ばないか、不安が拭い去れないのだ。しかし部長がそんなでは捜査が捗らない。その停滞ムードを一掃してくれるのが、橘雅美ではないかと考えたのだ。


 駅舎を出ると、クマの柔道仲間たちが出迎えてくれた。リーダー格の寺田を筆頭に、梶山など見覚えのある顔が並んでいた。

「オッス」

「オッス」

 柔道部の挨拶は非常に短い。

「沢渕さん、お久しぶりッス」

 梶山が目を細めた。

 カラオケ店を出るとすぐ、クマがメールで招集を掛けたのだった。

「今日、お前たちに集まってもらったのは他でもない。犯人のアジトと思われる物件があるので、その調査を頼みたい」

 クマは一昨日、叶美が襲われた廃ボーリング場の説明をした。

「森崎さんがそこで襲われたってのは本当なんッスか?」

 説明も終わらないうちに、寺田が口を挟んだ。

「彼女は大丈夫だったんッスか?」

 背の低い梶山も両手に拳を作って勢い込む。

「ああ、一時は錯乱状態に陥ったが、幸い大きな怪我はしていない」

「犯人が許せないッスね」

 柔道部員らは口々に声を上げた。

 クマは地図を手渡すと、

「犯人は今もそこにいるかどうかは不明だが、くれぐれも注意しろ。お前たちなら、十分互角に渡り合える」

「森崎さんの仇を取ってきますよ」

 寺田が胸を叩く。

 沢渕は叶美から聞いた情報を元に、地図の裏に見取り図を描いた。

「一番奥の部屋で犯人に待ち伏せされたようです。手前に防火扉があります。その扉を閉じないように、そこに一人配置してください」

「了解ッス」

「有事に備えて、常に脱出経路は確保してください。懐中電灯が必要になります」

「コンビニで買ってきます」

「おそらく犯人はもうそこに居ないと思いますが、注意してください。安全を確認したら、できるだけたくさん写真撮って、後で送ってくれませんか?」

「写真ですね、任せてください」

 寺田が言った。

「可愛い女の子に手を出すとは、犯人が許せないッス。見つけたらボコボコにしてやりますよ」

 梶谷が学ランの腕をまくって言う。

「あまり無茶はしないでください」

 沢渕は殺気だった連中をいさめるように言った。

「それは大丈夫です。ところでお二人はどちらへ?」

 寺田はリーダーらしく落ち着いている。

「俺たちは鏡見谷旅館のバスが置いてある、武鼻自動車の方へ行く。社長に会って話をつけてくる。俺たちは頭脳派なんだ。お前たち、肉体派とは違うんだ」

「分かりました。そちらもお気をつけて」

「犯人と出くわしても、お前たちなら必ず勝てる。気合いを入れて行ってこい」

「はい!」

 五人は肩で風を切って歩き出した。

 彼らの背中が見えなくなると、

「おい晶也、あいつら本当に大丈夫かな?」

 クマが弱音を吐いた。

「何が、ですか?」

「凶悪な犯人たちと出会わないか、ってことだよ」

「その点は大丈夫です。犯人はもうそこには居ませんから」

 話では、頭部を殴打された叶美はしばらくその場に倒れ込んでいたらしい。その間に犯人たちは消えたというのだ。つまり連中の隠れ家は他にあることになる。そうでなければ、叶美も監禁されていたかもしれない。それを考えただけでぞっとする。

「まあ、たとえ凶悪犯を目の前にしても、俺の仕込んだ柔道技で勝てるとは思うんだがなあ」

 そうは言っても、クマは不安を隠し切れない様子だった。

「それでは、僕たちも出発しましょうか」

 沢渕は先輩の背中を軽く叩いた。


 二人は駅前から徒歩で武鼻自動車まで向かった。

 沢渕にとっては、一度叶美と来た道である。クマは黙って後ろからついてきた。

 歩くこと十数分、川が見えてきた。工場はこの川向こうにある。沢渕の案内で二人は大橋を渡った。

 堤防に沿って歩いていくと、途端に視界が開ける。工場の敷地全体が土手の上から見下ろせるのである。

 沢渕はその瞬間、「あっ」と声を出していた。自分の目を疑った。当然あるべき物がそこにはなかったからである。鏡見谷旅館の送迎バスが二台とも消え失せていた。

 以前来た時、白いマイクロバスが行儀よく建物の壁に寄せてあった。それはスクラップの順番待ちをする普通車とは違った扱いのように見受けられた。

 しかし今その場所には、ただぽっかりとした空間があるだけだった。まさか処分されてしまったのだろうか。

 沢渕は焦り始めた。武鼻は探偵部の動きを察知し、証拠隠滅を計ったのだろうか。

 もう少し早くに来るべきだった。後悔の念が湧いた。

 工場の近くまで来ると、重機のエンジンが低いうなり声を上げていた。どうやら武鼻社長は仕事中のようである。

 先を行く沢渕は振り返った。

「クマ先輩、基本的に僕一人で社長と話します。隣に居て、彼の証言に矛盾がないかどうか確認してください」

「分かったぜ。俺は記憶力に自信がないから、とりあえずこれで会話全てを録音しておくよ」

 クマはそう言うと、携帯電話を取り出した。

 以前梶山らと不法侵入した時には、入口は固く閉ざされていた。しかし今日は仕事中のためか、門は大きく開かれている。

 果たして武鼻はこの事件に関わっているのだろうか。もし彼が犯人の一人だとしたら、自分たちも叶美と同様に犯人の懐に飛び込むことになるのだ。

 門をくぐって事務所の横を通り抜けた。それとなく中を覗いてみたが、室内に人の姿はなかった。やはり武鼻は従業員を雇わずに一人で仕事をしているのだろう。

 重機の作動音に吸い寄せられるように奥へ進むと、鉄のアームが忙しく右に左に動いていた。運転台で操作しているのが武鼻なのだろう。ヘルメットは顎ひもをつけず、ただ頭に載せているだけでずり落ちている。顔は赤土色に焼けていて、腕が足ほど太い大男だった。

 沢渕とクマはそのクレーン車の正面に立った。

 すぐに二人に気がついたのか、アームの動きが止まった。男は運転台から顔だけ出すと、

「お前たち、何の用だ?」

と大声を上げた。

 沢渕は丁寧に頭を下げて見せた。クマも慌てて同じ動作をする。

 男は渋々といった様子で、重機から飛び降りて二人に近づいてきた。一段と浅黒い顔がそこにあった。

「お仕事中にすみません。以前こちらに白いマイクロバスが停めてあったと思うんですが、あれはどうなったのですか?」

 男は鋭い眼光を沢渕に向けて、

「ああ、あれはもう解体しちまったよ」

と面倒臭そうに言った。

「それがどうかしたのか?」

「いえ、今度学校の文化祭で演劇をやるのですが、大道具としてバスが必要になりましてね」

「あのバスは壊れていて走らねえぞ」

「別に動かなくてもいいんです。舞台の後ろに置くだけですから。さすがに本物のバスでは大き過ぎますから、手頃なのを探していたんですよ。そうしたら、堤防から白い小型のバスが見えたので、譲ってもらえないか、と相談に来たのです」

「残念だったな、あれはもうない」

「随分長い間、ここに置いてあったと記憶しているのですが、いつ解体したんですか?」

「先週だったかな?」

 男は空を見上げるようにして答えた。

 沢渕にはそれは少々演技臭く思えた。

「学生さんよ、随分とあのバスにこだわるじゃねえか?」

「そりゃそうですよ、僕は演劇部の大道具担当でして、あれほど適したバスはどこにも見当たりませんからね。それが調達できないと鬼の部長に叱られるんですよ」

 沢渕は困った表情を浮かべた。

「ふん、とにかくバスはないんだ。これでもう用はないだろ? とっとと帰ってくれ」

 男はさっさと背を向けて、クレーン車に戻ろうとした。

「ちょっと待ってください。あのバスはどこから手に入れた物なのですか?」

 男は振り返った。

「どうしてそんなことを訊くんだ?」

「もし他にも同型のバスがあるのなら、そちらに行って直接交渉しようかと思いまして」

「ふん」

 男は冷たい視線を向けた。どうやら沢渕の話は信じていない様子だった。

「どこかの潰れた旅館から来たと思うが、詳しくは覚えてない」

「取引の記録は帳簿とかに書いてないのですか?」

「そんな面倒臭いものはねえよ」

 吐き捨てるようにそう言った。

 しばらく沈黙ができた。男は沈みゆく夕日に目を細めていた。顔は一段と赤く焦げている。

「しかし解せねえな。どうしてそんなにあのバスのことが気になるんだ?」

「今まで一年近くも放置していたバスを、随分と慌てて処分したものだな、と思いまして」

「そりゃ、どういう意味だ?」

「何か、急いで処分する理由でもできたのか、そんな風にちょっと気になりまして」

 男は顎の辺りを擦るようにして、

「なるほどな、実は何度かこの敷地内に不審者が入り込んだ形跡があるんだが、ひょっとすると、それはお前たちじゃないのか?」

 沢渕は首を横に振って、

「いいえ、僕は学校帰りに堤防を歩いていて、ちょうどいいバスが置いてあるなって思っただけです。でもいつも門が閉じているから、お声が掛けられなかったのです。そしたら今日は門が開いていたからチャンスとばかりにやって来たのです」

「ふん、そうかい」

「ところで、不審者が出たのはいつ頃のことですか?」

「二週間ほど前だ」

「どうして侵入されたと分かったのですか?」

「敷地内に靴跡が残っていたんだよ。前日に雨が降って地面が少しぬかるんでいたんだ。それで靴跡がしっかり残っていたんだ」

「その靴跡はどこに残されていたのですか?」

「ちょうどその辺りだ」

 男は顎でクマの立っている辺りを指した。確かにここはマイクロバスが停めてあった場所である。

「事務所が荒らされた形跡は?」

「なんだい、お前刑事みたいなこと訊くんだな」

「ああ、すみません。実は僕の親戚もこの町で工場を経営しているのですが、やはり賊が侵入したことがありましてね。金庫を一つ持っていかれました」

「へえ、そうか。そんなことがあったのか」

 男はその話に興味を持ったようだった。

「事務所には目もくれず、足跡は門からまっすぐここまで来ていた。まあ、この敷地内には金目のものは一切置いてないんだが」

「何か盗まれた物は?」

「いや、これといって何もねえ」

「今度、あの堤防の上で張り込むってのはどうです?」

「バカバカしい。ここには何も盗る物がないんだから、別にどうってことはない」

「そうですか」

 沢渕は素直に応じた。

「ところで武鼻さんは毎日どうやってここへ来ていらっしゃるのですか?」

「自転車だよ。自宅は近いからな。何でそんなことを訊くんだ?」

「いえ、もし事務所辺りに車でも停めておけば、賊も警戒して中へは入ってこないのではないかと思いまして」

「なるほど。まあ、車なら腐るほどあるんだから、今度はそうしておくか」

 武鼻は一人で納得して言った。

「社長、それでは最後に一つお願いしてもいいですか?」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「名刺を頂けると助かります」

「貰ってどうするんだ、そんなもの?」

「しばらくしたら電話を掛けて、別のバスが入ってないかどうか尋ねたいんですよ。お願いします」

「分かったよ、お前の情熱には負けたよ」

 武鼻は沢渕を事務所に案内してくれた。そして名刺を一枚くれた。

「ありがとうございます。今日はこれで失礼します」

 沢渕はクマを促して会釈をすると武鼻自動車サービスを後にした。


 堤防に戻ったところで、早速クマが口を開いた。

「結局、あの社長は白か黒か、どっちなんだ?」

「どうやら事件には関係なさそうです」

 沢渕には確信があった。

「でも見るからに怪しそうな奴だったぜ」

「バスのことをしつこく訊いた時、どんな反応するかに注目していたんです。もし犯人なら誘拐事件の重要な証拠だから、その存在を隠そうとしたり、嘘の証言をする筈なんですよ。しかしあの人はそんな様子は見せなかった。ただ我々のことを警戒していたに過ぎません。それは以前、工場に侵入した者がいたから無理もないと思います」

「ところでその不法侵入者って、お前らのことじゃないのか?」

「いいえ、それは違いますね。僕たちも確かに侵入はしましたが、前日に雨など降っていませんから足跡は残していません。それに社長は複数回入られたと言いました。つまり僕らの他にも入った輩がいるということです」

「そうだな、犯人の一人ならそんな話を延々とお前に話す必要はないわな」

「そうですね」

「そうそう、どうして社長の通勤手段を訊いたんだ?」

「僕らが不法侵入した時、堤防の上で車が急発進したんです。どうやら誰かがそこで僕らの行動を見ていたらしいのです」

「それが武鼻社長かどうか、確かめた訳だな?」

「ええ、そうです。社長は自転車で通勤してますから、堤防の車は彼のものではなかった」

「それじゃあ?」

「侵入者だったのかもしれませんね。たまたま僕らとかち合って、何をするつもりなのか見守っていた」

「すると、どうなるんだ?」

 クマが頭を抱えた。

「武鼻社長が誘拐事件と無関係だとすると、何故犯行に使われたバスが敷地に置いてあったのか、ってことになるぜ」

「あの鏡見谷旅館のバスは犯行には使われていないのでしょう」

「えっ?」

 間髪入れずにクマは沢渕を睨んだ。

「しかし、バスの中から片比良七菜のメモが見つかったのは事実だろ?」

「はい。でもそれは犯人たちの偽装工作ということになります」

「何だって?」

「あの敷地に入った賊というのは、犯人の一味かもしれませんよ」

「どういうことだ? 俺にはさっぱり分からんが」

「つまり犯人たちは武鼻自動車サービスに停めてあったバスに、わざとメモを残していったのです」

「何のために?」

「我々に鏡見谷旅館のバスが犯行に使われたと思わせるためですよ」

「では、犯人が使ったバスは他にあると?」

「そうなりますね」

「じゃあ、俺たちは無駄な捜査をしていたということか?」

「いえ、あながち無駄とも言えませんよ。あのバスではない、別のバスを探さなければならないということが分かっただけでも一歩前進ですから」

「お前は楽天家だよ、まったく。また捜査は振り出しに戻ったってことなんだぜ。一体いつになったら事件は解決するんだ。俺たちはまだ何も掴んでないんだからな」

 沢渕は黙って考えてみた。

 どうしてここ二週間の間に、犯人グループは突然偽装工作をし始めたのだろうか。それは探偵部の動きを察知したからに違いない。つまり探偵部が犯人に直接的、あるいは間接的に接近したからこそ、奴らは危機感を持ち始めたのではないだろうか。

 ではこれまでの探偵部のどんな動きに、彼らは身の危険を感じたというのだろうか。

 叶美が襲われたのは一昨日のことであるから、それ以前に探偵部は犯人に迫っていた訳である。それは一体どんなことだろうか。

「どうして社長の名刺なんか貰ったりしたんだ?」

「指紋ですよ。念のため、鍵谷先生に監禁場所から出てきた雑誌の指紋と照合してもらうためです」

「ふうん、お前は何も考えていないようで、考えているんだなあ」

 そこで突然、クマの携帯が鳴り出した。

 クマは電話に応じてから、

「ボーリング場からの報告だ」

と手短に言った。

 何度か相槌を打ちながら聞いている。

「梶山さんたちは無事ですか?」

 沢渕の質問にクマは、

「場内を全部捜索したが、人の居る気配はなかった。犯人グループが長期間潜伏していた形跡もないそうだ」

「部屋の中に大型犬の死骸はありましたか?」

 クマは同じ台詞を電話の向こうに伝えた。

「いや、あるにはあったが、小さな犬が一匹死んでいるだけだった」

 叶美は、大型犬が放し飼いにしてあると聞かされていたが、行ってみると室内で殺されていたと報告した。しかしそれは植野老人たちの暗示のせいで、暗がりに閉じこめられた彼女が勝手に思い込んだに過ぎない。

「どうする?」

 クマが沢渕の顔を覗き込むようにした。

「もうすっかり暗くなりましたから、帰るよう伝えてください。ありがとうございました」

 クマはその通りに指示を出した。

 もう一度始めから出直しだ、沢渕はそう考える。

 犯人グループは探偵部の動きに恐れをなしている。今後様々な妨害工作が行く手を塞ぐだろう。また部員が危険に晒されることも十分注意しなければならない。第二の叶美を出してはならないのだ。

 沢渕は心を引き締めた。

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