第13話 捜査方針、固まる

 火曜日の放課後、探偵部のメンバーはカラオケボックスに集合していた。

 奈帆子だけは忙しそうに店内を動き廻っていた。それでも仕事の合間を縫って、ジュースとお菓子を持って駆けつけた。

「あら、うちの妹がいないじゃない?」

 そう言ってソファーに腰を下ろした。

「今日は家庭部の打ち合わせがあるんですって。少し遅れてくるそうです」

 叶美が説明した。

「か、家庭部?」

 驚きの声を上げたのはクマだった。

「そう、昨日入部したのよ。タキちゃんにぴったりでしょ」

「そんなクラブ、うちの学校にあったっけ? 存在感のなさは探偵部といい勝負じゃねぇか」

 奈帆子はコーラをグラスに注ぎながら、

「そんなことないわ。伝統あるクラブとして活躍してるもの。大会で優勝したこともあるんだから」

 そう言って手際よくグラスを振り分けた。

「家庭部の大会って何やるんだよ?」

「クッキングコンテストとか、創作菓子コンテストとか、色々あるじゃない?」

と今度は叶美。

「ふうん」

 クマは鼻を鳴らした。

 それから思い出したように、

「来月俺も大会に出るんだぜ。みんな応援に来てくれるだろ?」

と弾んだ声を上げると、メンバーの顔を見回した。

「それって、柔道の大会?」

 奈帆子が確認する。

「もちろん、そうさ」

「でも、私ルールがよく分かってないのよね。あれって遠くへ投げたもん勝ち?」

 クマはコーラを吹き出した。

「あのなあ、砲丸投げじゃないんだから、人間を遠くへ飛ばしてどうすんだ?」

「冗談よ、冗談」

 奈帆子は笑って誤魔化したが、ルールを知らないのはまず間違いない。

「クマは柔道部では最強なんだろう?」

 直貴がすかさずフォローを入れた。

「まあまあ、俺が次期部長って話は実は秘密なんだが、今大会の優勝候補と言っても過言じゃないな」

「秘密っていう割にはペラペラ喋っているけど」

 こんな時、叶美は冷静である。

「とにかく俺を応援して、損はないと思うぜ」

 クマは相当に自信があるらしい。

「おい、晶也。お前は暇そうだから、絶対に来いよな」

「わ、分かりました」

「ほらな。こうやって柔道の魅力が分かるヤツもいるんだぜ」

 クマは満足そうに頷くと、ソファーに身を沈めた。

「そこまで言うのなら、考えておくわよ」

 奈帆子は渋々といった感じである。

「それじゃ、気を取り直して始めましょうか」

 叶美が切り出した。

「週末の捜査活動、お疲れさまでした。まずはその報告から。クマ、お願い」

「おう」

 そう短く返事をすると、一気にグラスを空にした。

「俺は建川さんのトラックに乗って、古紙回収の手伝いをしてきた。二日に渡って街中をあちこち廻ったんだが、その経路は全てGPS付ビデオカメラで撮影した。作業中に森崎がくれたリストと照合してみたが、一致する雑誌は確認できなかった。でも山の上に一軒だけ、気になる別荘を発見した」

 直貴が言葉を継いだ。

「その建物については、こちらで作成した地図に書き込んでおいたよ。後からみんなにお見せしよう」

「今回、大事な任務を快く引き受けてくれて、クマにはとっても感謝してる」

 叶美が優しい目をして言った。

「あのな、快くではないんだよ、ちっとも。ところで森崎お前、交換条件は忘れてないだろうな?」

「ええと、みんなで海に行く話よね、ちゃんと覚えているって」

「おい、それ微妙に修正入ってないか。二人だけで行く約束じゃなかったか?」

「ううん、あなたは水着がどうのこうの言ってたけど、二人きりとは言ってなかったわよ」

 叶美はきっぱりと言った。

「あっ、汚ねえ」

「まあ、いいじゃない? 来月の定期テストが終わったら、気晴らしにみんなで海へ遊びにいこうと思ってるんだから」

「仕方ねえな、それじゃあホルモンの話は覚えているだろうな?」

「クマって案外記憶力いいのね。そういうのを日頃の勉強に生かしたらどうなの?」

「うぐっ」

 部屋は笑いの渦に包まれた。

「ああ、それからな。話は変わるんだが、実はタキに悪いことしちゃってさ」

「どうかしたの?」

 姉がすかさず訊いた。

「俺と建川さんに弁当を作ってくれたのはいいんだが、初日、間違えて建川さんが俺の弁当を食っちゃったんだよ」

「うん? 何か問題でも?」

 直貴が訊いた。

「俺の弁当は特別製だったんだよ。ご丁寧にそぼろで熊の顔を作って、その上に海苔でKUMAと書いてくれてた」

「でも蓋を開けた瞬間、建川さんも先輩の弁当だって気づいたでしょう?」

 沢渕は当然の疑問を口にした。

「いや、違うんだよ。どこかで弁当が入れ替わって、建川さんのノーマル弁当を俺が先に食っちまったんだよ」

「え? 建川さんが蓋を開けると同時に、クマは全部食べ終わっちゃったって訳?」

 叶美が呆れるように訊いた。

「あのな、さすがの俺でもそんな瞬時に全部食えるかっての。仕事が忙しいから、お互い時間をずらして食ったんだよ。先に俺が建川さんのノーマル弁当を誤って食ってしまったんだ。まさか俺の弁当にそんな仕掛けがあるとは思ってもみなかったからな」

「あの人も、スペシャル弁当を食べることになって、さぞ困惑しただろうね」

 直貴が口を挟んだ。

「本当は黙っていようと思ってたけど、隠し事はどうも苦手でな。だから今、ここでみんなに発表したんだよ」

「その件は彼女に伏せておいた方がいいかもしれないな」

「しかし、あいつに秘密にしておくのは気が引けるなあ」

 クマは意外と正直者である。沢渕は感心した。

 すると突然、部屋のドアが開かれた。

「すみません。遅くなりました」

 多喜子が息を切らして入ってきた。後ろ手にドアを閉めた。

 絶妙のタイミングで登場した彼女に、メンバーは全員固まってしまった。

「あれ、どうかしましたか?」

 クマは何とか平静を装って、

「ちょうど今さ、タキの作ってくれた弁当の話をしていたところなんだ」

「ああ、あれ。どうでした? びっくりしたでしょう?」

 多喜子は小さな制服を揺らすように言った。

「それなんだが」

 クマが何か言おうとしたが、それは多喜子の耳には届かなかったようである。

「そぼろの色合わせが結構難しいんですよ。実はあの飾りつけに一番時間を取られたんです。でも自分で言うのも何ですけど、上手くできたと思うんですよね」

「そ、そうだな。とてもよかったと思う。さすが我が校伝統の家庭部。大会に何度も優勝してきただけのことはある」

「とは言っても、まだ部員になって一日目なんですけどね」

 多喜子は笑みを浮かべた。

 さすがのクマも、彼女のはしゃいだ気持ちにブレーキを掛けることはできなかったようである。

「それではタキちゃん、コーラでも飲んで落ち着いたら、例の雑誌の件、報告お願い」

「はい」

 多喜子は鞄から一冊の雑誌を取り出した。

「これなんです」

 テーブルの上で、あるページが広げられた。そこには外国車の華やかな内装、そして豪快な走りの写真が散りばめられている。

 目を凝らしてみると、やはり喉の所に鉛筆で何か書きつけてあった。

 沢渕は思わず手にとって、綴じ目の反対側のページとを等分に見た。

「ユウカイ」。さらにその下に見覚えのある二つのイニシャル。

 クマも沢渕から本を奪うようにして確認した。

「こりゃ、前と同じやり方だな」

 沢渕はそんなクマに目を向けていたが、正面から強い視線を感じて顔を戻した。叶美の真剣な眼差しがそこにあった。

「沢渕くん、どう思う?」

「メッセージの順番としては、『ユウカイ』された『助けて』でしょうね」

「おい、晶也。『助けて』『ユウカイ』されたんです、では駄目なのか?」

「別にいいですけど、僕はもう一個メッセージがあったような気がします。助けを求めるなら、その居場所を言う筈だからです。例えば『ユウカイ』されて、今『別荘』にいるから『助けて』となる」

「ということは、監禁場所に関するメッセージがこの後出てくる、ということかい?」

 直貴の眼鏡が光った。

「そうです。自分たちが閉じ込められている場所を理解しているかどうかは不明ですが、分かる範囲で何かを書いているかもしれません」

「そうだとすると、一番重要な部分が書かれた雑誌を、どうしても手に入れる必要が出てきましたね」

 すっかり息の整った多喜子が言う。

「その通り」

 沢渕が頷くと、

「しっかし、回りくどいやり方だよな。一気に全部書いてしまえば、それで済むじゃねえか」

 クマが大きな声で言った。

「だからそれは同じ部屋にいる犯人に万が一雑誌の中を覗かれても、気付かれないように配慮しているからじゃなかったかしら」

 奈帆子が言う。

「そうよ。クマって本当に記憶力がないんだから」

 叶美が追い打ちをかけた。

 クマの目が点になった。

「いずれにせよ、もう一冊メッセージの書かれた雑誌を見つけたいね」

 直貴がそう言うと、

「しかしそれは難しいかもしれません」

 沢渕が後を継いで言った。

「監禁されている二名は、その場所にたまたま置いてあった雑誌に連続してメッセージを残したのでしょう。つまり一連の文章は監禁場所から一斉に外部へ出た訳です。だが建川さんが店に売れる本とそうでない本を選別した際に、真ん中が抜け落ちてしまった可能性があります。そうなるとその大事な部分は古紙として処分されてしまったことになります。土日を掛けて、佐々峰さん二人が店を調べて出てこなかったことから、その可能性は十分高いと思います」

「なるほど」

 直貴は素直に頷いた。


「佐々峰さん」

 突然、沢渕が思い出したように口を開いた。

「はい?」

 奈帆子が応じる。

 二人はしばし無言で見つめ合う格好になった。

「あっ、しまった!」

 その声を合図に、メンバー全員が一斉に各自のグラスを宙に上げた。

 奈帆子が勢いよく立ち上がった反動で、中央のテーブルがわずかに浮き上がった。しかし彼女はそんなことにお構いなく、ドアへ向かって突進した。

「タキネエ、どれだけ休憩時間をオーバーしてるんだ?」

 ここは奈帆子を足止めする言動は慎むべきである。しかし我慢ならないとばかりに、クマが彼女の背中に向かって疑問を突き刺した。

「それがまだ休憩取ってなかったのよっ」

 部屋に取り残されたメンバーに沈黙が生まれた。ドアがひとりでに閉まる音と、奈帆子のと思われるスリッパのばたつく音が廊下から聞こえた。

「おい、もう一度確認するけど、本当に大丈夫か、お前の姉さん」

「まあ、いつもあんな調子なんですけど」

 多喜子は平然とした顔で答える。

「完全に仕事サボってるし。毎回思うんだけど、この店も本当に大丈夫か?」

「でもお姉ちゃん、言ってましたよ。探偵部は楽しくて、みんなと一緒に居ると時間の経つのも忘れる、って」

「本当に忘れてるんだよ、あの人は」

 クマの鼻息は荒かった。

「さて、それではクマの走行ルートから作成した地図を配るとしよう」

 直貴が一人ひとりにコピーを手渡した。

 隣町全域が一枚に収まった地図である。捜索エリアをいくつかに分けて、それぞれに番号が振ってあった。

「結構広いわね」

 叶美が声に出した。

 沢渕も同感だった。この地図上のどこかで問題の雑誌が回収されたのは違いないが、いかにも範囲が広過ぎる。効率を考えると、捜索すべき場所はもう少し絞り込む必要がある。

 そこで沢渕は日曜日に実際に町を歩き、そこで組み立てた推理を披露した。そして駅前のレンタカー店で撮ってきた写真を見せた。

 マイクロバスとジャンボタクシーの写真である。

 沢渕は説明する。

 マイクロバスの定員は二十名程度で、路線バスをそのまま小さくした形である。用途は多人数の客の送迎である。ホテルや料亭、自動車学校などで使われている。

 一方ジャンボタクシーの定員はせいぜい九名。四角いバンの室内高を広げたもので、用途は観光タクシーや老人ホームなどの送迎である。

「なるほどね」

 直貴が眼鏡を光らせて言った。

「犯人たちは最初から多人数を乗せられるバスを所有していたという訳だね」

「そうです。だがその定員はせいぜい十人前後で、正規のバス路線から外れて、どこかで乗客を降ろす必要があったと思われます」

「つまり君の推理では、犯人が人質を監禁した建物が路線付近にあったということだ」

 さすがに直貴の飲み込みは早い。

「この辺りは駅に近いため、比較的店舗も多いんです。その中で送迎バスを持っている業種に注目すべきだと思います」

「だが今営業中の店舗は除外してもいいんじゃないか?」

 クマが横から言った。

「確かにそれも条件の一つだと思うよ」

 直貴は彼の方を向いて、

「事件当時廃業していて、従業員や客がおらず、店舗だけがひっそりと残っていたという物件が怪しいね」

「それじゃあ、沢渕くんの推理も踏まえて、捜索担当エリアを決めましょう」

 叶美が提案した。

「まずはメンバーを三班に分けようと思うの」

 彼女はそう言うと全員を見回した。

「第一班は直貴とタキネエ。第二班はタキちゃんとクマ」

 そこで叶美は一呼吸置くと、沢渕に一瞥をくれて、

「第三班は私と沢渕くん」

「何だよ、その組み合わせは? 何か意味があるのか?」

 クマがすかさず噛みついた。

 叶美は冷静な顔つきを崩さずに、

「同じ学年を避けた男女のペアよ。さらに言えば、力の強い者と弱い者の組み合わせ。だからタキちゃんにはクマ。もし現場で何か起こった時は、あなたがしっかりタキちゃんを守ってほしいの」

 クマは太い腕を組んで黙って聞いている。

「タキネエは車を持っているから、機動力を生かして市街から離れたエリアを中心に捜索してもらいたいわ」

「それで、森崎と晶也は?」

「沢渕くんは探偵部に入ったばかりだから、色々と教えることがあるでしょ?」

「ふうん、そんなものかね」

 クマはやや白けて言った。

 沢渕の推理にしたがって、バス路線に沿った市街地の捜索に二班を、遠方に一班を充てる計画となった。直貴から各担当エリアの詳細地図が渡された。

「テストが近いから、今週は一日だけ捜索を許可します。一度エリア全体を実地調査して、アウトラインを掴んで頂戴。それで一旦捜索は中止すること。テストが明けたら再開しましょう」

 叶美は部長らしく毅然とした態度で言った。

「テストのことをすっかり忘れていたぜ」

 クマが頭を掻きむしって言った。

「タキちゃんと沢渕くんは最初のテストだからしっかり準備をして頂戴。探偵部に入ったから成績が悪かったなんて言われたくないから」

 さすがは生徒会長である。これだけは譲れないとばかりに厳しい口調だった。

「いいか、お前たち、しっかり頑張るんだぞ」

 説得力の欠片もないクマの言葉が虚しく飛ぶ。

「一番心配なのはクマ、あなたなのよ」

 叶美は腕を組んで、口をへの字に結んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る