第五章 ⑦


 動きを止めた魔竜へと、恢は歩を進める。充足した力の波動を、その身で感じ取った。敵が目の前にいる。後ろには、護るべき少女がいる。そして、自分がいる。口元には煙草がある。

 ならば、両手は戦う力で埋め尽くそう。

「我が親愛なる女帝に告げる。汝、麗しき者。汝、輝く者。汝、秘密を抱く者。その身に宿し子を、我が闘争の供物として捧げろ。いくぞ『女帝の闇宮リリス・ハート』。あの竜を、銃殺する」

身を焦がしそうな怒りに任せて、恢は詠唱を破棄した『魔造回帰モデル・アウター』によって、右腕の肩と肘に一本ずつ真っ白な腕を――『骸童子の蒐集義体ボーン・ユニバーサル・フレーム』による腕を接続する。さらに『刻牢装印』を発動し『女帝の闇宮リリス・ハート』を展開。紅蓮の球体へと右腕を突き入れる。引き抜かれたのは長大で、尊大で、絶大な銃器。名はM134〝ミニガン〟。名前だけならキュートのファンキー・ガール。全長八百ミリ、重量十八キロ。無骨ながら完成されたボディ。

 六本の束ねられた銃身を回しながら弾丸を吐き出す速度は毎分六千発。一秒間に百発の弾丸を放つ電動式多銃身機関銃ガトリング・ガンである。あまりにも重く、大きく、反動が強過ぎるせいで個人の携帯など、まず不可能。本来なら、金属の頑丈な台座をセットし、本体を固定して撃つのが正解。もっとも、それは人間の範疇だ。悪魔憑きの彼は容易く人の領域を踏み越える。

「悪いな、竜殺しの剣なんて都合よく持ってないんだ。力勝負で、真っ向から攻めさせて貰う」

 右手が上向きのグリップを掴み、肘と肩から伸びた異形の腕が銃器を掴み、固定する。反動に耐え切るために肉体強化発動。七・六二×五一NATO弾を収める金属式ベルトが伸長する、増加する、加速する。その長さ、恢の背後に小さな運河を築く。両足を大きく開き、腰を落とし、鋭き眼光が敵を睨む。そして、引き金が絞られ――爆音。

 魔弾と化したNATO弾が秒間百発という速度で次々と放たれる。もはや点ではなく、線としての、面としての、圧倒的な制圧射撃。空薬莢が雨の如く地面を叩きつけ、鈴の音の大合唱。紅蓮の弾丸が夜闇を切り裂き、遥か頭上の敵へと直撃。辺り一面で小規模の爆発が連鎖する。

 もしも、これが〝普通〟の銃器なら、銃身の熱により長時間の連射はできない。しかし、これは『女帝の闇宮リリス・ハート』で強化された異能狩りの武器。金属式弾薬ベルトが消費される端から追加される。攻撃の手は全く緩まらない。

 ――だが、攻撃を受けていないはずの男の足元がぐらついた。恢の口から鮮血が零れた。本当に死にかけたのだ、あの時、ライラに胸を貫かれた時だ。いくら、レミィの力を以ってしても妖精の円舞模様フェアリー・サークルの毒を全て中和出来たわけではなかった。視界が霞、意識が途切れかけ――、

「恢!」

 その声が、彼の背中を押した。左手に白い腕が生え、二丁目のミニガンが召喚される。倍となった弾幕が一斉、魔竜へと叩き込まれる。レミリアの姿が、胸の前で両手を組む少女の姿が今、彼の全てだった。身体中が悲鳴を上げている。それでも一向に、戦いの手は止まらない。

 試されたのは、恢だけではなかった。レイドが使った拘束魔術の一部が崩壊してしまう。細身の男は片膝をつき、苦悶に歪んだ顔で肩を押さえた。魔竜の一部が黒い触手となり、槍と化して男へと殺到し、銀の閃光が弾ける。〝彼女〟が悪魔憑き殺しの聖刃『慈悲深きラビアニェータ』を魔竜へと投擲、腹部へと突き立たせたのだ。

「レイド!」

 ライラが、彼の名前を呼ぶ。

 きっと、愛おしいだろうレイドの名前を呼ぶ。

 その一瞬、その刹那だけは、ライラとレミリアは同じ世界を見た。

 そして、最後に託されたのは、恢だった。煙草はまだ、半分も残っている。それはつまり、まだまだ余裕ということだ。煙草をカッコ良く吸いたいのは、男の見栄だった。

 歯を食い縛り、四肢に力を注ぐ。これは、いつもの戦いと同じようで違う。金のためではない。名誉のためではない。化け物が化け物を殺しても、人間には成れない。だが、レミリアを護ることでが出来る。少女の笑顔をまもることが出来る。こんなにも、嬉しいことはない。

 彼女のために、戦わなければいけない。身体中の力を振り絞るかのように、恢は叫ぶ。

「だあぁぁああぁあああぁあああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ミニガン。弾薬の補充、補充、補充。万を超える掃射が竜へと落ちる。そして、

  

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