第五章 ④


「レミィ。頼む。コイツを治してくれ。お前なら、出来るだろう?」

 派手にぶっ倒れたライラから短剣を抜かず、恢は煙草を吸った。紫煙が痺れた脳に染み込み、痛覚の一部を麻痺させる。最後まで手を出さなかった魔女・レミィが怪訝そうに首を傾げる。

「いいの? そいつ、敵なんでしょう。このまま眠って貰った方が、都合が良いでしょうに」

「……俺の勘だが、レミリアを必要としているのはソフィアと、その父親だけだ。この女、最後の最後で泣きやがった。唇が、はっきりと動いたよ。死ぬ間際に男の名前を呼ぶような女を、俺は殺したくない。アイツらに会って、はっきりをさせないといけないんだよ」

 男の我儘に、女は小馬鹿にするように鼻を鳴らす。だが、すぐに準備を始めた。レミィの腕なら、一命は取り留められるだろう。彼女の腕は本物だ。

 恢は軽く腕を回し、気配が濃い方向へと脚を進める。その背中へと、レミィが冷たい言葉を投げつけた。

「随分と、辛そうね。妖精の毒はまだ、完全に抜けたわけじゃないわよ」

「ああ、そうだろうな。まだ、頭の痛みが抜けないし、脚が重い。辛くて仕方ねえよ」

「貴方は、レミリアちゃんを救って、どうするつもりなの? そこまでして、どうして戦うの? 過去への贖罪? それとも、ただ恐いの?」

 人の心を見抜くのは魔女の力か、それとも女の勘か。恢は一度だけ振り返る。彼の表情は、困ったように疲れたように歪んでいた。男は英雄ではない。レミリアを助けることさえ、偽善の延長なのだ。

「全部違って、全部本当だ。俺は、レミリアちゃんが泣くところなんて見たくない。それだけだ」

 すとんと、確信が言葉になった。レミィは大きく息を吸い、わざとらしい嘆息を吐き出す。

「分かった分かった。もう、私は何も言わないわ。とっととレミリアちゃんを助けてきなさい」

「すまん。無事に帰ったら、何か高い酒でも頼むよ。――行って来る」

 駆け出す恢の後ろ姿は、すぐに見えなくなった。レミィは彼が進んだ方向を眺めつつ、ぼそっと呟いたのだ。

「本当、女使いが荒い男ね」


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