第五章 ③
垂直に一線。眼前に迫った大剣の一撃を、恢は短剣・火竜小唄で受け止める。衝撃が手首を粉砕し、身体ごと後方へと弾き飛ばされた。放物線を描き、空中で二度回転して着地する。靴裏が地面を削り、奥歯を噛んで恐怖に耐えて数秒、左手に散弾銃が召喚される。
RDIストライカー12P〝ストリート・スイーパー〟。全長ストックありで約七百八十ミリ、重量約四千百グラム。筒型弾倉でも、箱型弾倉でもなく、回転式弾倉を持つ奇妙な散弾銃。
十二番径が十二発装填されている暴力の猛鬼。路地の掃除。つまりは、暴動を鎮圧するための、さらなる暴力。恢はストックを肩に当て、固い引き金を絞った。銃声が轟音だった。銃身はフルチョーク。限界まで狭まっている。彼我の距離約十メートル。それは、拡散するはずの散弾が理論上、全て当たる必殺の距離。粒の系統は鹿撃ち用の四B。粒の大きさは約六ミリ。音速超過の槍が面となって迫るのだ。
直線に駆ける敵へと全装弾を放つ。上級の悪魔憑きといえども、上半身をミンチに変えるだろう。
ゆえに、恢は目を見張ったのだ。散弾がライラへと直撃する。黒き鎧は削れ、砕かれ、その身は傷を負ったはずだ。だが、それでも、女は疾走を止めはしない。とうとう肉薄され、大剣が男の左腕を肩口から両断した。
「くっ! 随分と、楽しい真似をしてくれるじゃねえか」
鎧の欠けた部分へと黒い霧が張り付き、また再生する。しかし、身体はどうなっている? まるで、操り人形のごとく鎧が身体を動かしているのではないのか? あのままいけば、待っているのは破滅だ。
「いい加減にしろよ。手前、自分が何をやっているのか、わからねえのか? このままだと、本当に死ぬぞ。やめろよ。人間が、命を粗末に扱うんじゃねえよ」
相手は敵だと分かっていても、憤りは隠せない。それが、美女ならなおさらだった。黒き騎士は、ライラは大剣を下段に構え直し、なおも戦いを止めはしない。
「私は、レイドのために戦わなければいけない。だが、アイツが死ぬのだけは嫌だ。だから、貴様が死ね、神凪恢。私が殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスロロロロろろろろおろろっごろごごろごろごろごろごろごおろろごろごろごごおごろごろごろごろごろごろごろごろろごおごごっごおごごごごおごご――!!」
理性さえ奪われる狂気の中で、ライラは戦うのを止めはしない。恢は歯噛みする。この女は一体、何を見ているのだろうか。何を想っているのだろうか。何を感じているのだろうか。
「残念だよ。全く以って残念だ。手前を殺さないといけないのが、たまらなく残念だ」
長引かせる余裕はない。
恢は地面を蹴って後方へと下がる。
銃器にとって距離を開けるのは悪手。ライラが瞬時に駆け出す。
散弾銃一丁では足りない。ならば、どうする? もっと火力を上げれば正解だ。恢は己が内に眠る遠闇の女帝へと願いを捧げる。
「――制約解除。起動術式は『
背中に爆薬でも仕込まれていたかのように、恢のトレンチコートが内側から大きく破裂した。顔を覗かせたのは異形の腕。伸ばせば一メートルはあるだろうか。鎧のような漆黒の甲殻に包まれた魔神の腕が縦に二列四本、計八本が咲き誇る。背中に生えた人外の神経が魂と接続される怖気に吐き気を覚えながらも、その足はしっかと地面を踏み締めた。
爛々と双眸が染まる。黒と赤の狂気を携える。
「さあ、行くぞ。最後の力比べを始めようじゃねえか」
彼の周りに紅蓮の炎球が無数に展開される。『
それらは一斉に引き抜かれた。日本では古くからコルト・ガバメントの通り名で知られるアメリカ、コルト社傑作の自動式拳銃〝M1911〟の
即ち、AMTモデル・ハードボーラーが。グリフォンモデル・コンバットが。マラバモデル・ATPが。タンフォリオウィットネスが。キンバーカスタムが。トーラスモデル。STIモデル・イーグル。ダン・ウェッソンモデル。アームスコーモデル。デュラクスモデル。スプリングフィールドアーモリー。ロックリバーアームズスタンダードマッチ。ペーター・シュタール・モデル・トロフィー・マスター。レスベアー・モデル・スティンガー。ミッチェルアームズ・モデル・シグニチャーから、バルトロモデルまで数多く。
それら全てが、オリジナルの殺意を模倣した死の演奏者達。四五口径の魔弾が次々と放たれる。威力こそ、四五ACP弾は五〇AE弾と比べ、三割にも満たない。だが、数が違う。ライラが握る大剣が五発、十発を弾き返しても、その三倍、四倍、五倍の弾丸が放たれるのだから。
無数の腕が制限なく、容赦なく、手加減なしに黒い騎士を撃ち続ける。異形の腕は機械的な精密さと、野性的な暴力に狂っていた。大量の銃が短時間のうちに、原初の砂へと回帰される光景は線香花火の暴風か。一丁、また一丁と消滅し、新しいクローンが抜かれていく。
ウィルソン・コンバット・タクティカル・エリート。リャマ・モデル・マクシイ。ノリンコ・モデル。サファリアームズ・モデルキャスピアン・モデル・ファントム。レスベアー・モデル・スティンガー。SIG・GSR。アストラ・スター・モデル。パラ・オーディナンス・モデル・コンパニオン。SPS・モデル・DCカスタム。世界中に散らばった偽家族達が集結し、歌う、謳う、詠う。邪魔をするなら殺すぞと脅すのだ。レミリアを助けるためなら、男は喜んで悪鬼と化す。
恢は確信していた。ライラは、黒き鎧を制御しきれていない。そうでなければ、最初、五〇口径の拳銃弾を弾き返した耐久力を持続させているはずなのだ。砕けた鎧の再生が遅くなっている。やはり、生身の人間には大き過ぎた力だったのだ。だが、まだライラは止まらない。
大剣で左胸と顔を覆い、迫る、走る、駆ける。鮮血の尾が引いても構わずに恢へと近付く。御互いに必死だった。そこに、悪魔憑きも、異能の力も、何も関係なかった。ただただ純粋な人の欲があったのだ。
そして、とうとうライラが恢へと届く。男は後ろに下がりも、横に避けもしなかった。恢は一歩、前に跳ぶ。異形の腕は消え去り、その右手に握ったのは最後の一丁。ライラが剣を振るうのと、男が手を伸ばすのは全くの同時だった。
腹部を灼熱が埋め尽くす。槍の如く伸ばされた切っ先が恢の脇腹を深々と抉った。内臓が刃に削られ、ごっそりと肉と鮮血が失われる。男の喉奥から悲鳴が漏れ出す。逆に、恢が伸ばして腕が握っている銃口は黒騎士の左胸へと当てられたのだ。もしも、兜がなければライラが嘲弄する笑みが見られたかもしれない。一発二発撃つよりも、このまま刃が横に薙いで胴体を両断する方が確実に早いからだ。
ライラはけっして間違っていない。最後の拳銃が、IMR社の改造式・ガバメントでなかったのなら。恢が引き金を絞る。そして、亜音速の殺意が立て続けに放たれた。
ライラの急所を守る鎧の上で大量の火花が散った。これは、拳銃よりもサブマシンガンに分類するべき、フルオートのカスタマイズが施された銃器だ。速度は秒間千発に届く。改造された長弾倉に収められた四十発の弾丸が半秒以下で鎧を削り、撃ち、穿つ。
朦々たる硝煙の向こう側で、ライラが呻き声をあげた。一点集中された攻撃に、ついに耐え切れなかったのだ。恢は投げ捨てていた火竜小唄を地面から抜き、大きく前に踏み出す。
――魔女が鍛えた短剣が、ライラの胸元へ深々と埋め込まれる。
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