第五章 ◇
もはや、都合の良い夢物語ではなかった。銃声が、引っ切り無しにレミリアの元へ届く。一発ごとに、彼がこの場に近付いているかのようで、胸が張り裂けそうだった。ずるい。自分が何よりもずるい。彼の死に、悔やんだのに。どうして私を助けたのかと神を呪ったのに。恢が生きて、今、再び助けようとしてくれている。――私なんて、助けないでいいからと叫びたい。
だが、それと同じくらい、いやそれ以上に、涙が出るほど嬉しいのだ。
「……恢。貴方って、本当に馬鹿ね」
そんな馬鹿に惚れた自分はもっと大馬鹿だろうかと、惚気かけレミリアは心中で首を横に振る。きりっと表情を引き締める。恢が助けに来てくれたのなら、自分は何をすればいい? 直ぐにでも逃げられるように準備をしなければいけない。遊んでいる暇などないのだ。
脚を伸ばし、筋肉を解す。さり気なく、台座の端に寄る。一秒でも、一ミリでも、一瞬でも早く恢に助けてもらえるように。慌てる時間さえ惜しい。直ぐに逃げる。必ず逃げる。絶対に逃げる。彼が得たチャンスを無駄にしないために。
ちらっとレミリアはレイドを一瞥する。壁際に控えている彼以外は、誰もいない。少女は、少しでも情報が欲しいと男へ話しかける。もしかすると、何か有力な手掛かりを漏らしてくれるのではないかと淡い期待を込めて。
「恢は今、誰と戦っているのかしら?」
無視されることも懸念した。ただ、意外にもレイドは反応を示した。むしろ、こちらが話しかけてきたことに驚いたのか、若干だけ目を見開く。
「彼は今、ライラと戦っています。彼女は強いですよ。人間の枠では、彼女は最強です」
「あら、だったら悪魔憑きである恢の方がよっぽど強いんじゃないかしら?」
「……そうでしょう。しかし、ライラには秘策がある。そう簡単には破れませんよ」
会話こそ、特別な要素はなかった。それが、逆に不可解だとレミリアは首を捻る。ライラとソフィアからは、明確な悪意が見て取れた。しかし、この男からはそれが感じられない。何故だろう。少女には、目の前の男が何かに〝焦っている〟ようにも感じられたのだ。恢が助けに来たから? 本当にそれだけか? もっと別の、もっと違う何かに焦っているように見えるのだ。
「君は、恢という男をどこまで知っているのですか?」
「私が? 恢のことをどこまで?」
「ええ、そうです。ここ数日を過ごして、あなたはどう感じましたか? 冷酷な男でしたか? 血も涙もないような男に見えましたか?」
少しだけ、レミリアは考える。
本当に、少しだけだった。
「そんなわけないわ。恢は悪魔憑きだけど〝人間〟よ。怒る時は怒るし、寂しい時は寂しいの。甘えたいって願っている。きっと、独りが怖いのね。もしも、恢が酷い男なら、こんなにも嬉しくないだろうし。私は、恢に出会えて良かったって心の底から思えるもの」
足元がフワフワするほどに胸が高鳴った。卑怯なのに、ずるいのに。助けてくれて嬉しいだなんて考えてはいけないのに。少女の葛藤を知ってか知らずか、レイドは冷酷な表情を崩さなかった。
「ソフィアも、悪魔憑きです。それも、五百年も生きている真なる怪物だ」
あまりにもスケールが大き過ぎて、ピンとこない。ただ、泥のような恐怖だけがレミリアの腰下まで届くのだ。
「彼が、神凪恢がここまで辿りつける可能性は限りなくゼロに等しい。それでも、君は待つと言うのですか」
脅しには聞こえなかった。レイドの言う通り、恢が間に合う可能性は低いだろう。それこそ、無駄骨に終わるかもしれない。レミリアは両手が自由ならば胸元に手を当てていた。出来ない分だけ、声を張り上げる。少しでも、心の中の熱を相手に見せ付けるためにだ。
「待つわ。私は、最後まで恢を待ち続ける」
レイドの顔が一瞬、歪む。苛立ちにも似た、別の感情。レミリアは、それが〝嫉妬〟だとは知らない。
「だって、私は恢を信じているもの」
それは、例えようもなく〝残酷〟だったのだ。
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