第四章 ◆


 恢達の戦闘を〝少し〟離れたビルの屋上で観察している者達がいた。レイドとライラである。

「やはり、雑魚では時間稼ぎにもならないか。……だが、あくまで予想の範囲内だな」

 ライラが淡々と戦闘状況を語る。レイドのような黒いスーツではなく、こちらは濃い紫が鮮やかなドレス姿だった。スカート部分は短く、機動性を重視している。

「すでに、儀式の準備は整っています。確かに、恢は強いでしょうね。悪魔憑きとしての能力を存分に発揮して戦っている。あそこまで洗練した強者もいないでしょう。もしも、後五十年。いや、十年も戦闘経験を積めば、魔神の領域に辿りついたかもしれません」

 眼鏡の位置を直し、レイドが恢を静かに称賛する。しかし、ライラは憐れむように首を横に振ったのだ。

「ゆえに〝アレ〟は、我々の前に敗北するのだ」

「そうですね、とても〝残念〟なことですが」

 化け物を倒す手段など、いくらでもある。様々な神話、昔話、御伽話。どれもこれも、化け物が最後まで化け物だった試しがない。最期には、負けるのだ。

「……そろそろだな」

「……そうですね」

 時間はない。なのに、二人はどこか煮え切らない雰囲気だった。まるで、大切なことが残っているかのように。だが、言ってしまえば全てが壊れてしまうかのように。

 だからきっと、ライラの唇を動かしたのは、例えようのない人間としての〝欲〟だった。

「少し、腹が減ったな」

 もっと、他に何か言うことがあるだろうとライラは羞恥に震える。

 本当の言葉を告げるのは怖かった。その後が、無いように聞こえるからだ。

 今は、これだけでいい。そうだ。まだ〝続き〟がある。だから、今はこれだけで。

「これが終わったら、美味い物を食べよう。折角、日本に来たんだ。天麩羅に寿司に、和牛も食べたい。レイドよ。貴様は身体が細いんだから、もっと食べるべきだ。そうだ。私と店を回ろう。十キロは、赤身を増やしてやる」

 微かに、レイドが目を見開く。すでに終わりを想像していただろう男が歯噛みする。

「ライラ。やはり、貴女だけでも」

「言うな、阿呆。誓ったはずだ。私は、レイドの傍にいると。未来永劫、どんな時も、たとえ天地が引っ繰り返ろうとも私は貴様の傍にいる。それだけで、私は幸せなんだ」

 自然と心残りが言葉となった。レイドとライラの距離は一メートルもない。そして、それを縮めるだけの時間が二人にはなかったのだ。

「だから、生きるぞ」

 勝つとは、言わなかった。レイドは精一杯の笑みを浮かべ、ライラを見詰めるのだ。

「ええ、そうですね。……生き残りましょう」


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