第三章 ⑨
この世界に存在する全ての音が死んだ。そう錯覚してしまう程、恢は動揺した。再び、精神が現実へと焦点を合わせたのは、レミリアの潤んだ瞳の奥に灯った麗しく可憐な熱だった。
「恢は、私のこと、好き?」
「……その質問は、ちょっと困るな」
「どうして困るの? どうしたら困らないの?」
レミリアの口調はだんだんと強くなっていた。恢は彼女と住むことになった時、彼女の身だけを案じた。歳が離れている。状況が状況だ。どんな風に間違えても、どんな偶然が積み重なって転がっても、まさか〝男女の仲〟になるわけないと。深く考えることすら馬鹿馬鹿しいと。
しかし、レミリアは一本線が通った少女だ。彼女は賢い。自分の想いに嘘をつくような女ではない。
「魔人の中でも、悪魔憑きは寿命が長いんでしょう? だったら、私が傍にいる。私が恢の傍にいたいの。……私が、恢のことを好きだって言ったら、迷惑なの?」
「レミリアちゃん。君は、少し疲れているんだ。たまたま、命を助けてくれたのが異性だから、不安と恋心を錯覚しているだけで」
「私の気持ちを、そんな言葉で誤魔化さないで!」
恋する乙女に、理屈など通じない。彼女達は己が想いが全てだ。そして、あらゆる障害も問題も運命も〝飛び越える〟。
「私は、恢が好き」
もう一度、レミリアが言う。
レミリアが立ち上がり、恢を真正面から見詰めるのだ。胸に両手を当て、その小さな身体に秘めた想いを制限なくぶつけるように。
「今は小さいけど、十年もすればレミィさんにも負けないぐらい、良い女になるわ。胸だって、もっともっと大きくなる。恢の傍にいても許されるような、すっごい大人のレディになるわ!」
激情が恢へとぶつけられる。泣きそうなのは、恢も同じだった。どんな理屈を並べても、彼はレミリアの想いには応えられない。だが、どうすれば彼女を納得させられる?
「それでも、俺は」
言葉など纏まらず、それでも何かを口にしようとして〝音が一つ〟。
視界の端に朱が映った。
「――レミリア!!」
男が、女へと必死に手を伸ばす――
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