第三章 ◆


 午後になって、レイド達三人はホテルを発った。もう、ここには戻って来ないからだ。日差しは、まだ高い。茹だるような暑さの中でソフィアだけが楽しそうにクルクルと回るのだ。

「おい、阿呆。通りを歩く者達の邪魔になるだろうが」

 ライラがソフィアを窘める。ホテルが建つ表通りは繁華街の中央と比べれば静かなものの、少なからず人々が行き来する。ぶつかりでもしてトラブルになるのは、ごめんだった。

「はいはーい。わかりましたよー。ライラは口煩くて困っちゃうよー。ねえ、御父さん」

 虚空を見詰め、ソフィアが愚痴を零す。そんな彼女の様子に、ライラが眉間に皺を寄せるのだ。

「……対象は街に出ているようです。今日が、作戦の決行日ですよ」

 レイドの言葉に、ソフィアの髪が、左右非対称アシンメトリーのツーテールが波立つように揺れた。それは一瞬だった。一秒の半分にも満たない間隙。少女の双眸がどす黒く染まったのだ。ライラは息を飲み、身体中を襲った恐怖に寒気を覚えていた。まるで、氷の刃が身体中に突き立てられたかのよう。

「ようやく私〝達〟の願いが叶うんだね」

 ソフィアが笑う。実に楽しそうに。心底、愉快そうに。この世全ての快楽を教授するように笑うのだ。それは外見だけなら、愛らしい少女が笑っているだけの微笑ましい光景だろう。しかし、彼女を視界に捉えた全ての人間が、まるで鎖に繋がれていない狂犬を見てしまったかのように顔を強張らせたのだ。そこに、彼女の本質があったのだ。

「――さあ、ここに原初の地獄を再現しよう」

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