第三章 ◇


 ――グチャグチャになった思考回路。無数の糸が絡まってしまったかのよう。解いても解いても、また別の場所が絡まってしまう。バッサリと鋏で切れればどんなに楽だろうとレミリアは化粧室の個室で天井を見上げていた。壁に背中を預け、高鳴ってしまった心臓を押さえつけるかのように左胸に手を当てるのだ。

(今日の私、なんだかおかしいわ。いつもと違う。恢が傍にいるだけで、どうしてこんなに焦っちゃうのかしら?)

 早鐘を打つ心臓の忙しなさに、喉の奥が渇く。唾を飲み込み、少しだけむせる。レミリアは、今日の〝デート〟を楽しんでいた。それでも、はっきりさせなければいけないことがあったのだ。

(駄目よ。やっぱり、駄目。けど、私は違うの。……私にはもう、後がないの)

 こんな状況だから、勘違いしているのかもしれない。

 こんな事態だから、そう想いたいだけなのかもしれない。

 こんな運命だから、そう信じてみたいだけなのかもしれない。

 自分が幼いと知っている。自分が弱いと知っている。自分が脆いと知っている。だからこそ、そう願うだけなのかもしれない。レミリアという存在は危うい。自分一人で、己さえ保てない。

 ここにはいない彼の姿を想う。大きな背中。無骨な腕。不器用な笑み。きっと彼は、間違えないだろう。優しいから、そして私と同じように脆いから。レミリアの想いは理性と欲望の狭間で悶え、溺れかける。

「駄目ね、私。恢に甘えてばかりだわ」

 レミリアは子供で、恢は大人だから許される。そんな問題でも領域でもない。彼のことを本気で考えているのなら、彼のために去ればよかった。そうしなかったのは、出来なかったのは、彼女の罪に他ならない。

「……もしも、もしもね」

 恢のために、選ばなければいけないのなら、選べるだろうか。その選択を捨てずに握れるだろうか。心を焦がしても、傷付けても、掴めるだろうか。

(恢のために、私は何が出来るんだろう)

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