第三章 ⑥


「恢の部屋って殺風景だわ。だから、もっと部屋を飾るような物を置くべきだと思うの」

 熱い主張を掲げたレミリアに手を引かれ、恢は雑貨店で頭を悩ませていた。基本的に、余計な物を買わない性格の彼にとって、何を買えば良いのか全く分からないのだ。周囲にある品々を眺めるも、まるでピンとこない。なのに、少女はジーッと吟味しているのだ。

「恢! このコルクボート買いましょう。色々とメモを貼るの。それと、座イスも欲しいわ。あ、このヌイグルミ可愛いわ。これよ、これ。絶対に必要だわ!」

 あれこれと恢へと押し付けるレミリア。少女が大きな熊のぬいぐるみを抱いて眠る姿を想像し、男は表情を綻ばせる。このままだと、洋室はすっかり彼女の部屋になってしまうかもしれない。ビールが飲みにくくなるな、と何となく思った。

「ほら、恢も何か選びなさいよ。インテリアとか興味ないの? こっちの髑髏なんて、貴方に合ってるんじゃない?」

「うーん。俺って、そんな風に見えるのか?」

 白い陶器で髑髏をリアルに表現している。こんな物が部屋にあれば、朝起きる度に驚くこと間違いなしだろう。恢は丁重に断った。レミリアはさらに、他の商品を物色する。すると、その陳列棚の前で不自然に脚が止まったのだ。

「……恢、これが欲しいわ」

 レミリアが〝それ〟を二つ取った。歩み寄った恢が少女の手元を覗き込み、目を点にする。

 右手に持ったのはピンク色のマグカップ。左手に持ったのは空色のマグカップ。そして、形は全く同じ。つまりは、ペアとなっている御揃いの商品だった。商品が置かれていた棚には、店員が作っただろうポップが飾られている。『夫婦で御揃い!』だの『カップルに最適!』だの強調されていた。一文字、目に入りこむ度に心臓が縮まるような想いだった。

「ふ、深い意味はないのよ! け、けれど、一緒に住んでいるわけだし、こういうのは必要だと思うの! だ、だから、その、ね。私、これが欲しいわ。あったら絶対、嬉しいもの」

 少女の激しい主張を前に、恢は拒絶など出来るはずもなかった。黙って、何度も頷いてしまう。

(これ、レミィに見せたらきっと、腹を抱えて笑うんだろうな)

 頼むから、レミリアが誰にも喋らないように。と、恢は心中で願うのだった。背中が痒くなるような恥ずかしさに胸を甘く苦しめながら。

「帰りにココアを買いましょう。私はお砂糖とミルクを入れて。恢はブラックのままで、いいでしょう?」

 何をそんなに興奮しているのか。

 何をそんなに期待しているのか。

 乙女の気持ちを微かに感じ取り、恢は困ったように微苦笑したのだった。


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