第三章 ⑤
場所は変わり、瀟洒なスイーツショップ。あまりにも洒落ていて、無骨な男が入れば二秒で狙撃されても文句は言えないような空間だった。もしも、レミリアがいなければ自分の命はなかっただろうと恢は安堵する。座っただけで、血管が破裂してしまうかのようなプレッシャーに襲われていた。何故、ウェイトレスは女中姿なのだろう。何故、メニューの全てが『大妖精の甘い誘惑』だの『吸血鬼が認めた赤い祝福』だの、抽象的なのだろうか。もしかすると、ここは日本に似た別の場所なのだろうかと疑ってしまう。
恢は泥沼のように粘度の濃い珈琲を啜りつつ、テーブルを挟んで対面に座るレミリアへと視線を向ける。
「今そんなに食べたら、お昼御飯が入らなくなるんじゃないのか?」
レミリアの前に並んでいるのは、わらび餅にプリンパフェ、イチゴのババロアと三種。一つ一つは小さいものの、少女の体躯だって小さい。大人として、子供が御昼前に御菓子でお腹一杯にするのはどうかと思う。
レミリアはまるで悪びれた様子はなく、むしろ得意気に胸を張ったのだ。
「逆よ逆。今食べないと、お昼まで待てないわ。乙女は、燃費が悪い生き物なのよ」
トンカツに盛られる千切りキャベツの重要性をようやく思い知った二十五歳の男にとっては、想像もつかない台詞に恢は眉根を寄せたのだった。
笑顔満点でプリンを掬い、口に運ぶレミリア。全身で喜びを表す姿は、子供が一番だろう。それが愛らしい少女ならば、尚更だ。良い気分で眺めていると、幼き淑女が小首を傾げた。
「恢は甘い物って苦手なの? 家でも、チョコレートには手をつけなかったわよね」
「甘い酒なら平気なんだけどな。どうも、甘い物は食べる気になれない。苦味の方が落ち着く」
辛みが痛みなら、苦味とは刺激だ。舌がざらつくような苦味の果てに、快楽がある。レミリアは何か不満らしい。すると、スプーンでババロアを掬ったのだ。そして、ずいっと恢の口元へと近付ける。
「ちょっと、食べてみなさいよ。これ、そんなに甘くないから」
背筋に液体窒素でも流し込まれたような衝撃に、恢の心臓が一瞬、止まる。今、この子は何と言った? 食べろと? それを食べろと言ったのだろうか。男が困惑していると、レミリアが不服そうに唇を尖らしたのだった。
「苦手な物を無理に食べろとは言わないけど、私が好きな物を苦手って言われるのは嫌なの」
「いや、レミリアちゃんそれ、すっごく矛盾しているからな。俺のことは気にしないでいいからさ」
「だーめ。駄目なの。恢も食べないといけないの!」
何が少女をそこまでさせるのか、頑として退かない姿勢である。周りには他の客がいる。ウェイトレスがいる。こんな状況をいつまでも見せるのは、恢の立場が危うくなるだけだ。ややあって、男はぎこちなく首を伸ばして、口を開ける。レミリアが真剣な顔で頷き、スプーンを伸ばした。下の歯に、カチンとスプーンが当たる。口を閉じ、その隙間を逃げるようにスプーンが引き抜かれる。舌に残ったババロアのひんやりした食感に、息が止まりそうだった。
「どう、美味しい?」
期待が込められたレミリアの言葉に、恢は黙って頷いた。
正直、味なんてまるで分からなかったけれど。
「甘いなぁ、やっぱり」
それは一体、何を示した言葉だったのか?
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