第三章 ◇


 ――誰しも、行動した後に後悔するものだ。そして今、レミリアは自分の選択に早くも頭を抱えていた。すぐ隣で、恢が窮屈そうに身を縮ませている。猛烈に、居心地が悪そうだった。ゲームセンターの定番の一つ。それはプリクラである。そうなのだ。彼女は彼と一緒に写真を撮ろうと申し出たのである。しかし、ここで大きなミスが起きた。彼女自身、プリクラをよく知らず『なんか、あの中で写真撮って遊ぶ』程度の知識しかなかったのだ。

 孤児院では、お小遣いなど滅多に貰えない。ゆえに、外で遊ぶにしても限りがある。そして、恢もプリクラをよく知らなかったのだ。結果、狭い空間で二人、身を寄せ合っていた。前方の画面には、カメラから映し出された二人の様子が見える。どちらも、尋常ならざる羞恥心に頬を赤くしていた。

「……なんで、こうなるんだ?」

「べ、別にいいでしょう。今日は私のための時間なのよ? だったら、恢は、素直に私の言うことを聞けば正解なの」

 そんな声も、どこか上ずっている。レミリアはタッチパネル式の画面にペンを走らせ、フレームやら装飾やらを決めていく。なるべく、シンプルで派手ではないやつを選ぶ。

「恢。ほら、カウント始まるから何かポーズ。後、笑って。ほら、ちゃんと笑いなさい」

「え? こ、こうか?」

「違う! そんなの笑顔じゃないわ。それじゃあ、獲物を見付けた猟犬よ。もっと、楽しそうにしてよ。あ、もう時間」

 ――プリントアウトされたシール式の小さな写真を掴み取ったレミリアは、まず落胆したように嘆息を零した。それはそれは、わざとらしかった。そして、悲しそうに目を細める。

「……恢は、笑えないの? レミィさんと居る時は楽しそうなのに、私が隣に居たら、素直に笑えないのかしら。それって、私が傍にいると、迷惑ってことなのよね?」

 子供の我儘だ。恢は今、ソフィア達からレミリアを守っているのだ。こんな状態で呑気に笑う人間の方がおかしい。一人の兵士として正しいのは彼の方だ。それでも、少女は寂しさに心を凍えさせてしまうのだ。誰かの温もりが欲しいと願ってしまう。きっと、こんなのは間違っている。自分の命が狙われているかもしれないのに、遊ぶなんて。

「恢が笑ってくれないのなら、もう家に帰りましょう。その方が、幾分かマシだわ」

 そうして、レミリアは全て語ったとばかりにカーテン状の仕切りから外へ出ようとする。その手を、恢が慌てて掴み取ったのだ。

「待ってくれ、レミリアちゃん」

 その手を振り解くのは簡単だった。そうしなかったのは、単なる子供の我儘だ。

「ごめん。俺から遊びに行こうって誘ったのに、これじゃあ駄目だよな。ごめんな。俺は、きっと、レミリアちゃんを守る〝だけ〟じゃ、駄目なんだよな」

 そんなこと言わないで欲しい。守るだけでも十分なのに。それ以上の〝何か〟を求める方が間違っていると言うのに。レミリアが、我慢するべきだった。それでも恢は言葉を繋げる。

「すぐには、変えられないかもしれない。けど、精一杯、努力する。だから、もう少しだけ、付き合ってくれないかな? 俺は、レミリアちゃんのために、今日を楽しく過ごしたい」

「……そういうこと、簡単に言うものじゃないわ。ああ、もう。恢って、本当に馬鹿だわ。なんでそんなに馬鹿なのよ。ニコチンで脳味噌やられたじゃないかしら?」

「そういう言い方は酷いな。これでも、精一杯身体が痙攣するのを我慢してんだぞ……?」

「はいはい。で、そろそろ手を放してくれないかしら? 腕が痛いんだけど」

 そうして、レミリアが自然と恢の腕を引っ張る。バランスを崩しかけた男がもう片方の手を無意識に〝それ〟へ伸ばす。電子音が一つ、カウントが始まった。

「あ、馬鹿。なにパネルいじったのよ。ほ、ほら、今度こそポーズをひゃぅつ!?」

 レミリア。慌ててカメラの方を見ようとするものだから、バランスを崩してしまう。そして、恢はカメラ目線よりも少女を優先して手を伸ばす――シャッターが下ろされ、フラッシュが瞬く。機械は人間の意思とは関係なく写真を現像するのだった。

 先程とは違い、レミリアが恐る恐る小さな写真を掴む。視線を落とし、声を失った。後ろから覗き見た恢も声を失う。それは誰がどう見ても、可憐な少女を大人の男が抱き締めているようにしか見えなかった。顔が近い。まるで、口付けを交わす瞬間のように。

「この写真、欲しい?」

「絶対に、いらない!」

 ――三十分後。鬱憤を爆発させたレミリアの容赦ない対戦式ゲームの連続に、恢は惨敗を重ね、絶望に打ちひしがれたのだった。

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