第三章 ④


 数多の煌めく光。音の洪水。溢れんばかりの人、人、人。レミリアが最初に選んだのは、地下街にあるゲームセンターだった。昨今、コインゲームには家で行き場を失くした老人が集まるらしい。恢は『日高市御老人限定ゲーセンツアー』という旗を片手に大勢の老人達を優しい眼差しで見守っている猫耳女中姿の黒人を見て、猛烈に胸が熱くなった。世界はきっと平和だと信じた。

 もっとも、流石に大多数を占めるのは若者である。恢は、余計なトラブルにならないようにと周囲への警戒を一層強めた。すると、レミリアが脇腹を肘で突いてくる。

「ねえ、もうちょっとは楽しそうな顔をしなさいよ。今の恢、獲物を探している虎みたいになってるわ。そんなんじゃ、子供が泣くわよ。今日は日曜日だし、小さい子供もいるんだから気をつけなさい。ほら、あっちに行きましょう。あのゲーム、けっこう面白いのよ」

 そういうやいなや、レミリアが恢の腕を掴み、ぐいぐいと強引に歩かせるのだ。その勢いで、大の男は成されるがままに着いて行く。周りの視線が妙に痛い。

「これって、太鼓? 太鼓だよな? なんで、こんなところに太鼓があるんだ?」

「私、知ってるわ。孤児院で、たまに外出が許可されてたの。ほら、画面に赤とか青のマークが流れてくるでしょう。あれが、白いラインに入ったら太鼓を叩くのよ。リズムゲー、音ゲーってジャンルだわ。ほら、恢は左側。そっちは下の画面だから間違えないでね。大丈夫、ちゃんと一番簡単なやつを選ぶから」

 何が何だか分からずにバチを持たされる。随分と軽い。短機関銃と比べれば、羽のように軽い。画面を見る。同時、軽快な音楽が流れ、赤やら青やらの丸いマークが右から左へと流れてきた。最初の数個を見逃し、慌ててバチを動かす。しかし、上手くいかない。

「なにやってるのよ。ほら、もっとリズム感を重視して。ちゃんとマークを見て叩くのよ」

「そう言われてもな。こうか? こうか? こうなのか!? なんだこれ。なんだこれは」

 恢。混乱したまま無我夢中でバチを動かす。軽快に得点を重ねるレミリアが流水を飾る一輪の菫なら、男は初めて道具を使うという概念を覚えた類人猿だ。なんとも雑である。そうして、あっと言う間に一曲が終わる。二人の得点差は約十三倍。無論、少女の圧勝である。

 レミリアが生温かい目で恢を見詰める。あまりも申し訳なくて、自然と頭が下がった。

「普通、こういうのって運動神経が良いと自然と得点を重ねられるものよ。あの時の動きはどこにいったのかしら。でかい化け物に生身で立ち向かった時のアレは、どこにいったのかしら。あれかしら、運動神経ごと、家に置いてきたの? 今から取りに戻る?」

「……もう一回、もう一回だ。次は大丈夫だと、思うぞ、多分」

 男のプライドを賭けた恢の懇願に、レミリアが唇に人差し指を当てて思案する。すると、ニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべたのだった。

「じゃあ、まずは〝あっち〟を済ませましょうか」

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