第三章 ②
「恢って、大きい〝おっぱい〟と小さな〝おっぱい〟ってどっちが好きなの?」
レミリアが急に爆弾を落とすものだから、恢は呼吸の仕方を忘れて咳き込んだ。子供はどうして、言葉のキャッチボールで砲丸をブン投げるような真似をするのだろうか。楽しい夕食の時間が一転して、凍てつく極寒へと様変わりする。
それは、全くの偶然だった。テレビの向こうで、今流行りのアイドルグループがプールではしゃいでいた。当然、水着姿である。色っぽい声と共に胸や尻やらが揺れる様子はお子様の教育に良くない。直ぐにチャンネルを変えると『えー、恢って直ぐにいやらしい目で見るのねー』と突っ込まれそうで放置していたのが仇となったのだ。
「さ、さあ、どっちだろうなー」
どちらを答えても地獄だった。
大きいと言えば、軽蔑した視線が放たれる。
小さいと言えば、怯えた視線で逃げられる。
黙って味噌汁を啜った男を見て、レミリアはテレビを交互に一瞥しながらボソッと言うのだ。
「男って、いつまでたっても母性を求めるのかしら」
もういっそのこと、土下座して謝れば正解だったのかもしれない。恢はハンバーグを口一杯に頬張り、場の空気を読むのを諦めた。レミリアは今にも胸が零れ落ちそうな程に揺れるアイドルの乳房を眺めながら、ぼそっと一言。
「これからどんどん暑くなるし、涼しい所に行きたいわね」
「……海とかプールは駄目だぞ。俺と二人で行ったら、確実に捕まる。いや、レミィでも連れて行けばチャンスはあるのか? けど、あいつ。日に焼けるのは嫌だって言いそうだしな」
小学生にしか見えないレミリア(水着姿)を二十五歳の男が連れて歩けば、満場一致で警察の出番だ。同盟は事件に関する〝厄介事〟から護ってくれるが、ロリコンと間違えられた男を社会からは護ってくれない。ならば、レミィに頼むか? 何と言って頼めばいいのか。海まではレンタカーか、電車か。市民プール、レジャー施設。学生が夏休みに突入している今、どこも混んでいるだろう。
「あら、真面目に考えてくれるのね」
カチャンと箸を置くレミリア。その瞳には微かな戸惑いと悲愴の色があった。もう、恢の耳にテレビの音は聞こえない。ここは正しく、二人だけの空間となったのだ。
「立場を考えろって、怒られると思ったわ。それとも、つい〝忘れちゃった〟の?」
彼女は未だに狙われている身だった。そして、それを忘れて気楽に過ごす程、レミリアは単純ではなかった。背負った焦燥と不安の重さは、恢の何十倍と〝酷い〟だろう。子供のように甘えることさえ愚かだと自嘲する音が男の信念を冷たく震わせた。
あるいは、恢さえも驚いていた。ここまで自分は甘い性格だっただろうか。レミリアと過ごした穏やかな時間は確実に男の心に亀裂を生んでいた。あまりにも〝脆く〟なっていた。一人で食事をするのが普通だった。一人でテレビを見るのが普通だった。今は、彼女がいる。たったそれだけで、戦いの臭いがあまりにも遠いのだ。
「恢ってたまに考え過ぎるわよね。私は大丈夫よ。だから、そんな困った顔なんてしないで」
慰められる立場なのは彼女で、レミリアの不安を取り除かなければいけないのは恢の仕事だった。
(俺は後、レミリアちゃんに何をしてあげられるんだろう?)
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