第二章 ◇


 孤児院では年長組がご飯の準備をする。レミリアの料理スキルは〝そこそこ〟であり、少なくとも目玉焼きを四割の確率で失敗する恢よりも数段上である。

 テーブルに用意された料理を、恢が気分よさそうに眺めている。ご飯と味噌汁を筆頭に、茄子と豚肉のピリ辛炒め。肉じゃが、キュウリと梅肉の叩きが行儀よく並んでいる。男のために、冷えたビールもちゃんと準備されていた。レミリア用の小さな食器も箸も、昨日のうちに買っている。そのせいだろうか。まるで、こんな光景が昔から続いて来たように錯覚してしまうのは。

「お代わりは沢山あるから、一杯食べてね」

 二人で『いただきます』をして、食事が始まる。風呂上がりの恢がコップに注がれたビールを美味そうに喉を鳴らして飲む。そして、肉じゃがに箸を伸ばした。味わうようにゆっくりと顎を動かしている。続けて、ご飯を食べて、味噌汁を啜って。まだ、無言のままだった。

「どう、かな?」

 待ちきれなくて先に聞いてしまったのが、ちょっぴり恥ずかしかった。恢は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「すっごく、美味しいよ。やっぱり、レミリアちゃんは料理が得意だな」

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。私、大抵のことは直ぐに覚えちゃうんだから」

 誇らしげにレミリアが胸を張る。テーブルを挟み、団欒を囲む。そこに、どんな奇跡が必要だろうか。あるいは、この光景そのものが奇跡なのだろうか。少女は、穏やかな時間が齎す柔らかな癒しに幸福を求めていた。きっと、この男は〝こわい〟。それでも〝こわくない〟。ただ、あまりにも不器用なだけなのだ。

「ほら、ちゃんと手元見ないと零すわよ。もう、恢ったら、本当にこういうところは子供なんだから。それとも、赤ちゃんみたいに私が『あーん』てしてあげようかしら?」

「……それは、勘弁して欲しいな。そんな風に甘えたら、きっと心臓が潰れる」

 ビールを飲みながら口元を隠す恢。彼は今、何か別のことを考えていたのかもしれない。深く言及するのは野暮だと、少女は興味を茄子と一緒に胃へと落とす。ちょっと辛めで肉の甘味とよく合う。これなら、ご飯が進む。

「レミリアちゃんは、今日、どんな風に過ごしていたんだ?」

「色々よ。レミィの御手伝いもしたわ。それと、今度、御菓子作りを教えて貰うの」

 他愛もない会話こそが、幸せを作っていた。

 ――直ぐ傍に迫った〝驚異〟と〝選択〟に二人はまだ、気が付いていない。

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