第一章 ◇


 立場が立場である。贅沢を言うつもりなんて全然なかった。ゆえに、レミリアは恢から連れて来られた〝その店〟の前で立ち止まってしまう。隣に立つ男が、困ったように首を傾げた。


「えーっと、知り合いの〝女の子〟に手頃な店がないか聞いたら〝ここ〟って言われたんだけど、駄目だったか?」


 大型デパートの三階にあるブティック。十代の子供、それも女の子向けの服と装飾品が数多く並んでいる店である。キュート、クール、パッションが揃い踏み。服のデザインもレミリアの好みが揃っている。ただし、一般的には値段が〝高い〟と分類される店だった。メジャーなブランドではないものの、中堅サラリーマンなら、いくら愛娘だろうと買うのに迷うレベルである。誕生日やクリスマスなどの大義名分がなければ、なかなか財布の紐は緩められないだろう。


「貴方の金銭感覚だと、ここが〝高くない店〟なの? それとも、何か思惑があるのかしら」


 アパートを見る限り、そこまで贅沢出来るような身分ではないだろうに。そんな風に、レミリアが失礼で遠慮ないことを考えていると、恢は申し訳なさそうに頬を掻いたのだった。


「子供の服なんて買ったことないから相場がイマイチ分からないんだよな。まあ、そこそこ稼いでいるし、レミリアが構わないのなら、この店で買おう。それとも、気に入らない?」


 恢が煙草を咥え、ライターを取り出し『あ、しまった。なにやってんだ俺』と慌てて煙草を箱に戻す。そして、ライターも戻そうとして、レミリアが待ったをかけた。


「ねえ、一つ聞いて良い? そのライター、妙に高そうだけど、いくらなの?」


 レミリアが指差したライターは、所謂〝ジッポライター〟と呼ばれるカテゴリーだった。ホイールを回して発火石フリントに擦りつけ、オイルで火を灯す仕組みである。コンビニで売っているような百円のガス式ライターと違い、蓋を閉じなければ火は消えない。

 鈍い金色に赤が混ざったフレームには、狼が駆ける姿が彫られている。恢はライターに視線を落とし、さらっと言ったのだ。


「これか? 確か、八万ぐらいだったかな。十万には届かなかったかと思うけど」


 レミリアは両の瞼を閉じ、確信する。この男、金遣いが〝ずぼら〟だ。荒いのではなく、自分の好きな物には大金を出すタイプなのだろう。


「あんた、女と付き合うなら気をつけなさい。騙されて、壺を買うわよ」


 結局、同じサイズの服なら倍は買えるレベルまで落とした同フロアの別の店に移動する。服だけではない。下着に、日用品も買う。食費だってある。過度な贅沢など言ってはいられない。


「別に、俺はよかったんだけどなー」


「私の良心が許さないの。まったく。私がいる間だけでも家計簿をつけようかしら?」


 大の男の生活を心の底から心配する少女・レミリアだった。

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