第一章 ⑧
七月下旬。世間的に学生は夏休みに突入する。そのせいだろうか、店には客が大勢集まっていた。それも、十代中頃が圧倒的に多い。恐らく、中学生か高校生辺りだろう。そのような中に一人、二十五歳の男が混ざっているのは異様、異質、異端だった。明らかに浮いている。五秒に一回は奇異の視線が向けられるのだ。その度に、傍に立つレミリアへと視線が移る。
親子、には見えないだろう。ならば、兄と妹か。だが、似ている要素は全くない。そもそも、レミリアは〝ガイコクジン〟である。警察に通報されないことを祈るばかりだった。
「ねえねえ、これなんてどうかしら?」
試着室のカーテンが開けられ、レミリアが腰に手を当ててポーズを決める。恢は上から下まで見詰め、何となく頷いた。
鮮やかな青色のサマードレスを纏うレミリア。髪は昨日と同じくツーサイド・アップである。
素材が良いと、大抵の物は似合う。動きやすそうだし、不満な点は何一つない。両肩が見えるデザインなのがちょっと気になるものの、小さく活発的な鎖骨が描く曲線とドレスの柔らかな布地のコントラストが映えていた。
「うん。いいじゃないのか?」
「じゃあ、決まりね。まずは一着目と」
上機嫌でレミリアが踵を返して、恢が息を飲んだ。カーテンを閉めようとした少女を慌てて止める。
「待て、待って、レミリアちゃん。その〝背中〟なんで紐なんだ?」
サマードレスが通気性の限界を追求したとばかりに背中の上半分が紐で構成されていたのだ。
「これー? 別に、おかしくないでしょー」
首を曲げて己の背中を覗き込むレミリア。しかし、恢はゆっくりと首を横に振ったのだ。
「もうちょっと、露出が少ない服にしよう。これはちょっと、色々と不味い」
「何が不味いのよ。これからどんどん暑くなるのよ。涼しくていいじゃないの」
「そういう問題じゃなくてさ。ほら、小さな子の裸で欲情する奴もいるわけだし」
「……こういう服を着て、そういうこと考えるの? あなたって、想像力が豊かなのね」
墓穴を掘ったと恢が気付いた時にはもう遅かった。レミリアがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。そして、背中を見せ付けるように腰を大胆に捻ったのだ。さらに、表情を一点。愁いを帯びた大人っぽい表情からのウィンク。
「どう? 思わず、襲いたくなりそうな魅力だったかしら?」
呼吸も心臓も脳波も停止した。恢の精神は耳から漏れ出して、そのまま大気圏へと過ぎ去り、月を一蹴して戻って来る。重い酒でも飲んだかのように頭がグラグラする。彼が無言のままでいると、流石に気恥ずかしくなったのかレミリアが黙ってカーテンを閉じる。
一枚の布越しに気まずい空気が流れる。こんな時、煙草が思いっきり吸えればどんなに楽だろうかと恢は頭を抱えたのだった。
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