第一章 ⑥
まずはレミリアに全てを話させた。恢とレミィは一度も口を挟まずに黙って聞く。要約すれば、こうなる。
①自分はこれまで〝わけあり〟の子供を養う孤児院にいた。
②しかし、実は孤児院が人身売買組織と繋がっていた。
③廃ビルで売られる直前、馬鹿な連中が魔物の群れに食われた。
④逃げる途中で恢と出会い、助けてくれた。
「生憎と、孤児院の名前も分からないのよね。これから行く当てもないし、どうしましょう?」
他人事のようにレミリアが首を傾げる。恢は眉間に皺を寄せ、酒を啜った。はっきりと言ってしまえば、男に出来ることなどもうなかった。魔人の少女を受け入れてくれる場所など知らない。低くうなり、再び酒。助けを求めるようにレミィへと視線を向ける。すると、バーのマスターは、はっきりとした意志を込めて首を横に振ったのだ。
「悪いけど、私の店には置いてはおけないわよ。そもそも、その組織が別組織の下請けだったかもしれないでしょ? そうなるとね、恢。貴方は商品を横から奪った泥棒なの。まだ、火の粉は消えてなくならない。むしろ、さらに大きな炎を呼ぶかもしれない。つまり」
一度、言葉を切るレミィ。恢とレミリアが固唾を飲んで見守り、
「レミリアちゃんは、貴方の方で匿いなさい」
目が点になった。今、この女は何と言った? 俺の方で匿う? え? なんで? 疑問符がアルコールで酩酊した脳味噌へとぎゅうぎゅう詰めされるのだ。困惑しているのは、レミリアも一緒だった。唯一、冷静なレミィは淡々と説明する。
「商品返せってレミリアちゃんを探しに来るかもしれないでしょう? だったら、戦える人間の傍に置くのが無難じゃないの。それとも恢。貴方、もう〝終わった〟とでも思ったの? 人を助けるって、そんなに簡単じゃないのよ。最後まで責任を持ちなさい」
「いや、そう言ってもな。俺、子供の世話なんて知らねえぞ。だいたい、俺の所で住むなんて、この子が嫌がるに決まってるだろうが。男だぞ、俺」
「あーら、幼い女の子の前で自分が〝男〟なのを強調するなんて、如何わしい」
冷ややかな目付きをつくるレミィ。その声は、ひどく現実的な理由を恢へとぶつける。
「この街で、いいえ、この国で。魔物の群れと真正面からやり合って子供を護れるような実力を持つ奴が何人いると思ってるの? 少なくとも、この街じゃ戦闘能力を持つ魔人は貴方だけよ。消去法で考えても〝こう〟なるでしょうが。……まったく。後先考えないところとか、良い意味でも悪い意味でも、貴方らしいわね。それとも、代案でもあるのかしら?」
レミィが槍の穂先のように右手の人差指だけを伸ばして恢へと突き出す。男は息を飲み、何も言えない。誤解を招くようにも聞こえるだろうが、別に彼はレミリアを住まわせること自体には反対していない。しかし、嫌がる少女を無理矢理住まわせるのは拉致監禁と同じだ。
となれば、最終的な選択はレミリアに委ねられる。子供の前で、大人は嘘が吐けなかった。
「他組織から事実上奪ってきた子の面倒なんて、この馬鹿ぐらいしか見てくれないわよ? 正確には言えないけど、一週間もあれば引き取り先も見付かるでしょうね。それまで、我慢してくれないかしら?」
被害者はレミリアで、選択もレミリアだ。
少女は、空になったグラスを両手で包み込む。氷は融け切っていない。冷たいだろうに、ぎゅっと放さない。それはきっと、不安のあらわれだろう。
ややあって、レミリアは意を決したかのように言ったのだ。
「分かったわ。私、この人のところで暫くは厄介になるわ」
果たして、ほっとするべきなのか天を仰ぐべきなのか。恢は煙草を探し、空になった箱へと虚しく指を突っ込んだのだった。
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