第一章 ◇


 なんで、どうして?


 どうして、なんで?


 視界がグルグルと揺れる。鼻孔に届いた血の臭いが恢の物だと一瞬でも想い、込み上げてきた吐き気に耐えられずレミリアは膝を折ったまま嘔吐した。喉がゲロで押され、ビチャビチャと地面を汚すのだ。胃が裏返ったかのような生温く気色悪い感覚が五秒も続く。涙も鼻水も垂れ流され、額の脂汗が止まらない。身体中の関節が悪寒で軋む。心臓の鼓動が耳元で聞こえるのだ。今、恢が死んだ。何故か? 少女を庇うためだ。自分のせいで誰かが死んだ。罪悪感が今吐き出された物の代わりに胃へと溜まっていくかのよう。


 これが、罰か。自分のような〝化け物モドキ〟が生に執着するのは、そこまで神の機嫌を損ねたのだろうか。


「あ     あ                    ああああああああ!!」


 叫びは、何を求め、訴えたのか。無力なレミリアへと、魔物が集まる。ゆっくりと、少女の柔肌でも楽しむかのように巨大な蜘蛛型の化け物が節足を伸ばして、闇の底から悪鬼の声が届いたのだ。


「――ソノ〝程度〟ジャ足リナイな」


 蜘蛛の魔物が胴体に大きな穴を開けて後方へと吹っ飛んだ。レミリアは、砂利の上をスパイク付きのシューズで滑るような音が、ポンプアクション式の排莢&装填音だとは知らない。


 レミリアは知らない。散弾は面で大気を叩く。結果、細かな粒一つ一つが持つ微細な衝撃波が互いに共鳴し、増幅されて威力が増大する。まるで、無数の鼠が齧ったかのような銃創が生まれるのだ。共鳴増幅が起きる距離は銃口から標的まで三メートル前後。だから、脅威が失われたと馬鹿正直にレミリアへと近付いた魔物は全て、彼の牙にかかってしまう。


 魔物が豪快に吹っ飛んだ事実よりも、レミリアは傍に立っていた男を凝視していた。心臓を貫かれて死んだはずの恢が何事もなかったかのように立ち上がったからだ。


 何かの見間違いではない。その証拠に、コートの左胸部分には大きな穴が開き、血でベットリと汚れている。


「大丈夫だよ。俺は、この程度で負けはしない」


 悪魔憑きの間では『肉体の再構築オート・メンテナンス』と呼ばれる特権の一つだ。魔神と契約した者は、人外と同等の自己治癒能力を得る。いや、これはもはや自己〝再生〟能力か。腕一本、脚一本、心臓一つ。たとえ、下半身を吹っ飛ばしても彼らは死なない。レミリアはようやく、理解する。


 彼もまた〝化け物〟なのだと。人の形をした〝何か〟が、魔物の群れを一瞥する。そうして、両腕で構えた〝それ〟の銃口を向けるのだ。


「悪いな。全員おとなしく、俺に食われてもらおうか」

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