第一章 ①


 左右の短機関銃がほぼ同時に火を吹く。分速千発のフルオートはマズルフラッシュと銃声を一つに重ねる。まるで、切り取られた雷鳴が吠えたかのよう。箱弾倉の三十二発が、僅か二秒弱で解き放たれた。


 ミリタリー・アーマメント・コンポレーション社製の短機関銃の口径は九ミリ・パラベラム弾。系統は黒き爪のブラックタロン。ハイテク・ブレッドの一種であり、着弾と同時に先端が爪のように捲り上がる。敵を穿つのではない。対象の身体を内側から切り裂くのだ。『女帝の闇宮』が齎す退魔の力が加われば、その威力は化け物限定で飛躍的に跳ね上がる。


 ワーウルフの強靭な体躯が弾けるように破壊される。頭が破裂し、腕がもがれ、腹部に大穴が開く。威勢良く恢へと跳びかかろうとした数匹は、そのまま明後日の方向に跳んでいき、無様に落下する。頭が吹っ飛んで怪物から、ただの肉塊へと成り果てたからだ。


 だが、たった二丁で全てを倒しきれはしない。二丁のMAC10が色を失い、粒子となって消え去る。


 好機とばかりに疾駆するワーウルフの群れへと、恢は冷たい現実を叩き付ける。怪物の爪は、彼が吐き出す紫煙にさえ届かなかった。


  居合の如く抜き放ったのは、別の短機関銃。西ドイツの警察に採用されたプラス加工式フレームのワルサーMPK。両手に一丁ずつ構える。大戦と大国に翻弄されながらも脈々と受け継がれたワルサーの情熱が今、現世に蘇るのだ。


 右手を天に。宙から奇襲を仕掛けたワーウルフが魔弾の前に成す術もなく撃たれ、穿たれ、消滅する。


 左手を地に。下から強襲を仕掛けたワーウルフが凶弾の前に抵抗許されず討たれ、貫かれ、絶命する。


 分速五百五十発。今度は、雷鳴ではなかった。緋色と濃い橙色の銃火が点々煌々と夜闇を照らすのだ。


 左右の手が別々の生き物のように動く。分速五百五十発。両腕は一度も止まらず、流れるように動く。その度に、ワーウルフは九ミリの槍に撃たれるのだ。まるで、弾丸が標的に吸い込まれるように当たる。それは、確かな彼の腕だった。銃声とマズルフラッシュが舞い踊る中で、男は怪物へと一方的な死を押し付ける。化け物の死体が其処ら中に転がっていく。真っ赤な血を滴らせる臓物が湯気を昇らせ、濃密な鉄錆の悪臭が鼻に刺さる。恢は煙草を深く吸い直し、なおも攻撃の手を止めない。人を食らうのが怪物なら、その怪物さえ食らう彼は〝何者〟だ?


 ワルサーMPKを投げ捨て、恢は煙草を咥え直す。もう、どこにも怪物はいなかった。大地を濡らす肉片だけが、真実だった。恢が振り返ると、レミリアと目が合った。びくりと肩を震わす姿に、どこか罪悪感を覚えてしまう。


「少し、移動する。立ち止まっていると、すぐに集まって来るだろうからな。この敷地内のどこかに魔物を作っている〝何か〟がある。それを壊さない限り、この悪夢は覚めない」


「……驚いた。あなた、そこまで分かるの?」


 予想だにしていなかった反応に、恢は目を丸くする。すると、レミリアは〝しまった〟とばかりに右手を口元に当てた。ややあって、何かを諦めたかのように嘆息し、淡々と語り出す。


「この廃ビルの屋上に『魔女の道具』があるわ。名前までは知らないけど、黒い霧から魔物を生み出す能力があるみたい。貴方なら、止められるかもしれない。どうするの?」


「そりゃあ、当然壊すさ。けど、驚いたよ。君が魔人なのは知っていたけど、見かけによらず博識なんだな。もしかして、俺の助けなんていらなかったかい?」


「それは違うわ。確かに、私は魔人よ。けれど、戦う力は持っていない。せいぜい、普通の人間よりも〝ちょっと〟だけ身体が丈夫なだけ。あれだけの魔物に囲まれたら餌になるだけよ。そういうわけで、安心が約束されるまで継続的に護ってくれると助かるんだけど」


 随分と高飛車な性格なんだと、恢は煙草を吸う。ただ、彼女には妙に合っているような気がした。彼が無言でいると、レミリアは不安そうに表情を曇らし、自分で自分を抱くように両腕を胸の前で組んだ。それは、明らかな自衛行為だった。


「……やっぱり、対価とか要求するのね。私、お金とか持ってないけど、まさか、身体で払えなんて言わないわよね? 貴方、そういう理由で私を助けたの?」


 キュッと、胃が縮こまるような気分だった。


 今、恢はレミリアに警戒されているのだ。


 絶対に、誤解を解かなければいけない。


「なんで、そうなるんだよ。俺は元々、ここで起こっている悪巧みを〝潰す〟ために来たんだ。君がいるなんて知らなかったよ。それと、俺は幼女趣味なんて持ち合わせていない」


「そうなの?」


「意外そうだと言ってくれるなよ」


 先に牽制する。レミリアが面白くなさそうに舌打ちを飛ばす。この子、本当にさっきと同じ子か? 恢は段々と自分の目が信じられなくなってきた。――自然と右手が動く。引っかけるように火球へと滑らせ、引き抜くと同時に発砲。銃声は鋭くも濁っていた。背後に立った気配へと容赦なく弾丸を叩き込む。


 樋熊にも似た背丈の魔物が頭部に三発分の弾丸を受けて絶命し、背中からどうと倒れる。引き金を絞ったのは、一回だけ。一度に三発を撃ち出す機構――三点バーストと呼ばれるシステムを可能としたのは、専用ストックが装着された自動式拳銃。グロック式よりも先にプラスチックフレームが採用されたH&K社のVP70だ。銃器だ。三点バーストの反動は強く、実戦には不向き。ただし、それはあくまで人間の範疇だ。ストックを肩に当て、がっちりと外骨格の代わりにすれば心地良い反動である。少なくとも、彼にとっては。


「随分と、戦うのに慣れているわね。掃討屋って初めて聞いたけど、何者なのかしら?」


「こういう、警察には言えないような困りごとを解決するのが仕事だよ。サービス残業有りで、特別手当もない。ブラックどころか、ブラッドだらけな仕事さ」


 肩を竦め、恢は苦く笑う。レミリアがジト目でこちらを見る。その表情は、こちらへの疑念で一杯だ。煙草の灰がボロッと地面に落ちる。新しい火種が続く。煙はまだ消えない。


「……仮に、貴方が私に何かするつもりなら、こんな回りくどいことはしないわよね。ああ、まったく、難儀な人生ね。ともかく、私はここから逃げたい。だから、取引をしましょう。私が『魔女の道具』がある場所まで案内するわ。その代わり、ここから安全に逃げられる手助けをして。どう? 悪くない提案だと思うんだけど」


 未だに化け物の気配は消えない。『魔女の道具』の効果範囲がまだ不明な以上、レミリアだけを逃がすのは難しいだろう。ならば、傍にいた方が護りやすい。恢は短くなった煙草を掴み、左手で握り潰す。拳を緋色の炎が包み込み、灰が流れる。その皮膚には、火傷一つなかった。


 新しいアークロイヤルを咥え、火を着ける。最初から、迷うつもりなんてなかった。


「分かった。君を必ず護ろう。ちゃんと、言うことは聞いてくれよ。俺の能力はあまり、誰かを護るのに慣れていない」


「あら。戦うって言うのは元々、何かを護るためよ。レディを護るのが男の義務。でしょう?」


 それが、世界の真理とばかりに膨らみきれていない胸を張るレミリアの姿に、恢は困ったように眉を顰めたのだった。


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