第11話


 テクニカルの窓から暑い日差しに晒される中、荒野で男達が地面を耕し、焚き火をしているのが見える。彼等は鋤や鍬で固い地面を耕し、中に焚き火から出た灰を拳大の何かを植えて居た。


 芋を植えてのか……


 窓から見える光景は涼介が見た通り、芋の植え込みであった。彼等は芽の出た種芋を穴に入れると、灰を混ぜた土を掛けて盛る。


 芋って、ラノベとか異世界モノでよく栽培されてるけど、NB生物C化学兵器で土壌汚染した上に気候変化しても栽培出来るんだな……

 まぁ、普通の芋じゃ無理なんだろうけど……


 文明が崩壊した時、気候と気温が大きく変化した。そればかりか土壌が様々な物質で汚染され、文明の恩恵化学肥料も無い。

 だが、定期的に手入れをすれば2ヶ月で育ち、収穫が出来る様になる。そして、皆の糧となるのだ。

 それが崩壊前に行われた遺伝子組み換えも含めた品種改良による恩恵か?

 厳しい環境に適応して進化した結果なのか?

 誰にも解らない。

 畑を通り過ぎ、荒れた街道を進むと街の入口が見えて来た。街の周りは幅が3mから4m、深さは2mか3mくらいの"ほり"が掘られ、"ほり"の向こうには瓦礫で作られた塀がある。

 段々と近付くに連れ、塀の上で銃を持った歩哨見張りが彷徨いて居るのと、土嚢と瓦礫で作られた検問所が見えて来る。屋根はトタンで、中にはデシーカ50口径機関銃とライトが設置されていた。

 検問所の周りには街を護る自警団の面々が居た。彼等は其々、バカマシンガンやイーリャと言った銃を携え、外から来る者達を警戒していた。

 涼介は溜め息を吐いてしまった。少しすると、目の前のトラックが前を進む。

 アクセルを軽く踏み、徐行させると声が掛けられた。


 「止まれ!」


 ブレーキを踏み、テクニカルを停める。ブレーキを引いてギアをNニュートラルに合わせた所で、自警団の人間であろう同い年くらいのヘルメットを被った青年が近付いて来る。

 彼の手にはバカマシンガンが握られており、顔は緊張感で張り詰めて居た。良く見れば、トリガーに指が掛かって居る。


 オドオド、おっかなビックリの雰囲気。緊張で仲間以外の見える者が、全て敵に見える……

 だから、古参ヴェテランが後ろに立って安心させる。


 青年の後ろに控えて居たイーリャを肩に掛けた中年男が、青年のバカマシンガンに被せる様に手を置いた。


 「落ち着け……教えた通りにやれ」


 中年男から穏やかな言葉を掛けられると安心感を持ったのか、青年の肩から力が抜けていた。そんな青年のバカマシンガンのトリガーから、指が離れるのを見ると涼介もホッとする。


 「此処へは何しに?」


 青年は運転席の涼介に顔を近付けると、表情をしかめながら尋ねて来る。


 「商売と休息」


 涼介は青年の態度を気にせず、退屈そうに返した。青年が口許を手で覆ってるのを見ると、自分の臭いを嗅ぐ。


 当然ながら、臭いわな……

 銃撃ったし、人を殺したし、死体が転がってる所で飯喰って、寝てたから腐った臭いが染み込んでる。

 オマケに身体も洗ってねぇ……


 自身の酷い有り様を振り返ると、思わずシニカルで自虐的な笑みを浮かべた。それを見た青年は不気味に感じ、たじろいでしまう。

 そんな他愛もないやり取りをしてると荷台に自警団の人間が上がり、積み荷を見始めた。彼等はファイティングドラムをマジマジと見詰め、箱に入っていた銃器の山に驚いている。


 「おい! 売り物、触んじゃねぇ!!」


 イーリャを物欲しそうに掴んだ自警団の青年がバックミラー越しに見える。窓から身を乗り出し、涼介は怒鳴り吐ける彼等を怒鳴り付けた。

 彼等はビクッと驚いた。しかし、先輩格の男に「調べろ」 と、言われて検分を続ける。そんな時だ……

 1人の男が異様な気配を醸し出す黒いビニール袋に気が付いた。


 「何だコリャ?」


 袋は手に取るとズシリと重く、大きさもそれなりにあった。疑問と好奇心から男は、袋の封を開ける。

 中を覗き込んだ瞬間、彼の中で何かが込み上げて来た。


 「う! うぼぉぇろろろろ……」


 入口に嘔吐音が木霊する。彼は荷台で昼に食べたモノと再会した。


 あーあ、遣っちまったな……


 袋の中身を知る涼介は、聴こえて来る嘔吐する音を他人事みたいに呆れてしまう。


 「な、何だこりゃあ!?」


 「どうした!?」


 「お、おい! これ、人の首だぞ!!」


 自警団の面々は地面へ転がり落ちた腐りかけの、人の生首に驚きを隠せなかった。その生首には蝿が産み付けたのか、無数の蛆が沸いている。

 そんな生首を見た者の中には、気分を悪くし、嘔吐してしまう者も居た。

 涼介はテクニカルから降りると、荷台のビニールを手に取った。口を広げると地面にビニールを置き、首を蹴った。

 蹴られた首は蛆を何匹か地面に落としながら、ゆっくりと転がり、袋の中へ 入 った。涼介は袋の口を結ぶと、荷台へ放り込む。


 「もう、良いか?」


 「良い訳あるか」


 声のする方を見ると、狼狽え、嘔吐する自警団の面々を掻き分け、リボルバー式のショットガンであるストリーキングを首から提げる屈強な体格の男が姿を現した。

 彼は呆れた表情を浮かべる。


 「うちの新人を苛めるな……」


 「俺は苛めてない。アイツ等が勝手にゲロ吐いただけだ」


 あっけらかんと言う涼介に男は溜め息を漏らしてしまう。だが、涼介は何処吹く風だ。

 そんな涼介へ男は嫌そうな表情を浮かべ、問い掛ける。


 「それ、誰の首だ?」


 「糞バンディッツ」


 その一言で男は理解した。それから、自警団の者達に指示を飛ばす。

 彼等はコンテナにあるバカマシンガンとイーリャ数丁と弾を持って行った。


 「おい! 売り物、持ってくんじゃねぇ!!」


 「通行料と迷惑料だ。文句があるなら、失せろ!」


 頭の中で目の前の畜生を撃ち殺してやりたくなった。しかし、そんな事をすれば他の連中に撃ち殺されるのは目に見えている。

 涼介は、身勝手な行いに大きな苛立ちを覚えた。だが、人数と銃口の数の差には敵わない。

 それ故、怒りを呑み込んで我慢し、気分を変えるのも兼ねて諦めた表情を浮かべ、訪ねる。


 「OK、もう通って良いか?」


 「あぁ……通って良いぞ」


 そう言われると、テクニカルに乗り込んだ。シフトをNニュートラルからDドライブに入れ、サイドブレーキを握る。

 すると、入口にセットされた通行止めの金属バーが起きた。それを見た涼介はサイドブレーキを下ろしてハンドルを握り、アクセルをゆっくりと浅く踏む。

 テクニカルは走り出し、入口を通って街の中へと入った。

 街の中は廃墟と化した都市とは違い、人々で賑わっていた。建物も廃墟を元にしてるとは言え、雨風を凌げる以上は住居として使っている。

 文明が崩壊しても、人類は未だに絶滅せずこうして生きて居る。人々は廃墟を工夫して住める様にし、地下水脈から汲み上げる汚染された水を浄化装置で濾過、洗浄して生活用水として使える様にもした。

 それ以外にも廃墟と化した都市や建物から文明の残り香とも言える、遺物を回収して解析と研究をして復元もする。そうして、バカマシンガンみたいな銃も産まれた。

 この街も同様であった。

 ゆっくりとテクニカルを走らせていると、後ろから子供達の声がする。サイドミラーを見ると数人の子供が、初めて見たであろうファイティングドラムに興奮して追い掛けて来ていた。


 「ハァァ……」


 それを見ると、溜め息が漏れてしまった。それと同時に、昨晩の自ら命を断った少女が涼介の脳裏を過る。


 あの娘も、追い掛けて来る子供と同じくらいだったな……

 もしも、自殺を止める事が出来てたら?

 あの時、銃から弾を全て抜いていれば……


 涼介は「あの時、あぁすれば良かったんじゃないか?」 「こうすれば良かった」 と、今更ながら考えてしまう。しかし、それをした所で死んだ少女が帰って来る事は無かった 。


 それにifの話……"たられば"を言えば、キリが無い。


 それ故、起きてしまった事は仕方無いと、涼介は忘れようとする様にサイドミラーから目を背けた。

 そうして、テクニカルを走らせていると、何台かの車が停められた駐車場が見えて来る。涼介はテクニカルを中に入れ、空いてるスペースの直ぐ近くでシフトをRリバースにした。

 サイドミラーを使って大まかな確認にしながらアクセルに軽く足を乗せ、グルグルと回るステアリングを介して前輪を動かしバックさせる。途中、ブレーキを踏んで停止すると、シフトをDドライブに合わせてからアクセルをバックの時と同じくらい踏み、 ステアリングを回して向きを修正した。

 そして、スペースと向きを合わせるとステアリングを戻し、タイヤを真っ直ぐにした状態でバックさせた。テクニカルを駐車スペースに収めるとブレーキを踏み、サイドブレーキを引く。

 その後はシフトをPパーキングに合わせ、イグニッションキーを捻ってエンジンを止め、抜いた。すると、涼介は何故かボンネットを開け、助手席に置いたバックパックを引っ張りながら降りる。

 バックパックを背負うとイーリャとジールを取り、二つとも背負う。ドアを閉め、ボンネットの方へと赴いた。

 ボンネットを開けた涼介はバッテリーのマイナス端子に繋がるケーブルを外し、プラス端子に繋がるケーブルも外す。バッテリーを固定するステイも外し、バッテリーを地面に置いてボンネットを閉めた。

 涼介は、バッテリーを持って後ろへ向かう。ファイティングドラムと荷台の縁の隙間にバッテリーを隠すように置く。


 あ、箱の鍵も閉めとかんとな……


 思い出した様に荷台に上がると、コンテナを開ける。中にバッテリーを入れると、フラグ破片手榴弾を2つ取った。

 レバーを固定するテープを剥がし、蓋の裏に貼り付け直す。ピンに紐を結び付けた涼介は、コンテナの本体と繋げた。

 無造作に開けた瞬間、破片手榴弾が爆発する"泥棒対策"をすると、蓋を閉めて鍵をした。


 泣き寝入りするくらいなら、荷物台無しにしてでもブッ殺してやる。

 泥棒死すべし。慈悲は無い。


 復讐の権化たるニンジャを殺すニンジャの言葉をモチーフの物騒な思考に満ちる涼介は、偏執的に見えるだろう……

 しかし、この世界に自警団の様な者達が居るとは言え、警察は無く、また法も存在しなかった。それにバンディッツの存在もある様に、基本的に善い人間ばかりではない。

 悪さをする人間も居る以上、それなりの対策はする必要があるのだ。

 武器を積み込む前にバヨネット銃剣でギコギコと切り落とした首の詰まった袋を持った涼介は、荷台から降りて歩き出す。

 街を行き交う人々から奇異の視線を向けられる。手には異様な雰囲気と腐敗臭を醸し出す黒いビニール袋を持ち、ポンチョで首から下を覆ってるとは言え、不潔極まりない装いで背中には2丁のバトルライフルを持ってるのだ。

 不気味に思われても仕方無い。だが、街の人々は口にしなかった。

 銃を持った相手を怒らせる程、馬鹿な事は無いからだろう……

 そんな恐れとも何とも取れぬ視線に晒されながら街の中を、苛立ちと共に歩く涼介は1件の建物に入った。

 建物の中は広く、多数のテーブルと椅子が並べられて置かれていた。そんな椅子に男達は座り、酒を飲んでカードに興じている。

 そんな彼等の脇には際どい格好をした女が居り、良い匂いをさせて色気を振り撒き、柔らかな胸や肌を男に押し当てて居た。


 甘ったるい言葉と匂い、柔らかい肌。バカな男は簡単に堕ちる。

 酒とポット麻薬煙草を振る舞ってるんだ。後は、ベッドの中で天国気分……

 まるで、物語の娼館だな。


 酒と女、賭博、麻薬と退廃に満ちた店内を進むと、階段が見えた。女を買った客が、娼婦と天国に逝く時のベッドのある部屋へ向かう為の入口でもある。

 階段の前には、腰に4本のバレルを束ねたソードオフ切り詰めたショットガンをぶら下げた男が居た。彼は涼介を見るなり、手を出して止める。


 「ガキは失せろ」


 「……マーイの客だ。嘘だと思うなら確認しろ」


 威圧的な用心棒に対し、淡々と返す。だが、男は鼻で笑うだけで取り合おうとはしなかった。

 涼介はそんな男に向け、もう一度告げる。


 「マーイ、お前の雇い主。俺、それに雇われたハンター……4日前、お前から巻き上げたの忘れたのか?」


 頭1つ分大きな身体の彼は、涼介を見下ろすやニッコリと笑い出す。

 それから、道を開けて言う。


 「次は俺がスカンピンにしてやる。通れ……」


 「やってみろ」


 お互いに笑うと涼介は脇を通り、階段を昇る。音楽に混じって甲高い女の矯声と荒い男の息遣いが、薄暗い廊下が鼓膜を刺激して来る。

 扉の向こうでは、男女の営みが行われて居るのだ。

 それも当然だ。此処は街の娼館なのだから……

 奥まで進むと涼介は、2人の用心棒が前に立つ扉までやって来た。


 「武器は預からせて貰う」


 その言葉に涼介は、バックパックと2丁のバトルライフルを下ろした。その他にも、コンバットベストとガンベルト。そして、リボルバーの差し込まれた右太股のホルスターも外す。

 すると、女たちが丁寧に荷物を取り上げ、何処かへと消えた。その様子に溜め息を吐いた涼介は、2人の両脇を通ろうとする。

 だが、2人から行く手を阻まれた。


 「隠してる物を」


 「バレた?」


 感心しながら左の袖を捲り、ダガーナイフを留めるストラップを外す。それを見張りに渡すと、扉の奥へと通された。

 部屋の中は廊下や1階のフロアと違い、明るかった。床も綺麗に清掃されてるのか、埃が見当たらない。

 奥を見るとわ白髪が混じり灰色に見える長い髪をした恰幅の良い歳を重ねた仕立ての良い服を纏った女が、ベッドに横たわって居た。そんなトドかアザラシにも見える女の上では、首輪をした少女が女に股がる形で背中を押し、マッサージをしている。

 女は顔を上げ、涼介を見る。


 「酷い臭いね」


 涼介の姿と臭いに辟易とした表情を浮かべる女は、少女に面倒臭そうに手配せして指示を飛ばす。

 それを見た少女は、女から降りると静かに歩いて窓の戸を開け、風を入れ込んだ。


 「約束忘れてねぇだろうな? マーイ」


 「解ってるよ。机の上に置いてある」


 涼介が女……この娼館のマダムであるマーイの机に向かおうとする。が、少女が涼介の目的の物を手に近付いて来た。それを手に取った涼介は、件の黒いビニールを少女へ差し出す。

 恐る恐る受け取る少女へ、涼介は困った様な表情を浮かべて告げる。


 「開けるなら、外で開けた方が良い」


 その言葉に首を傾げながらも、少女は口を開けようとしなかった。それをマーイの方へ持って行くのを見ると、涼介は手の中に有るものを眺める。

 少女から渡されたのは、画面に傷やフィルムの剥離が目立つスマートフォンであった。

 横のスイッチを押すと、画面にメーカーのロゴが現れて起動する。画面のタッチパネルを操作し、音楽のフォルダを展開して中を見れば、自分がダウンロードした音楽が並んでいた。

 間違いない……クソアマ師匠が対価に持ってった俺のスマホだ。

 涼介は自分のスマートフォンを取り戻す為、バンディッツ達を皆殺しにしたのだ。このスマートフォンを高校入学記念に手に入れ、今もずっと使って来た。

 それは短い間であるが、涼介にとっては掛け換えの無い思い出の品だと言えるだろう。取り戻す為、人を殺したが……

 懐かしい笑みを見せる涼介にマーイは笑う。


 「無愛想なガキだと思ったけど、笑う事もあるんだね」


 「アンタこそ、笑ってる。憎い相手がくたばった笑みをしてる」


 「そりゃ、そうさ……私の右脚を喰った奴がこうして、首になって私の目の前に居るんだからね!!」


 射し込む日に照らされ、マーイの右脚が露になる。彼女の右脚は膝上は自身の物であった。が、その下は樹脂と金属部品で作られた紛い物だった。

 マーイは少女を外に出すと、袋に両手を入れる。中から腐った首を出し、悦に耽り始めた。


 「じゃあな……俺は行かせて貰う」


 涼介はスマートフォンをズボンの腿にあるポケットに入れ、踵を返して部屋を後にしようとする。扉の前まで赴くと、扉を2回ノックした。

 扉が開くと、部屋を後にする。目の前にマーイの世話をしていた少女が立って居た。


 「マダムが部屋に案内しろと……」


 「悪いが、女とヤる気もカネも無いぞ?」


 「マダムは部屋に案内しろと申しました」


 降参と言わんばかりに涼介は、少女の案内されるままに進む。階段を昇り、使われてない部屋に案内される。

 少女は扉の鍵を開けると、鍵を涼介に差し出す。


 「この部屋を使っても良いとの事です」


 扉を開け、促されるままに部屋に入る。ベッドの脇には、涼介の荷物が運び込まれていた。


 「ありがたいんだけどさ……何で?」


 「私にはわかりません」


 少女に尋ねたが、答えが返って来る事は無かった。少女は御辞儀して部屋を後にする。

 涼介は溜め息を吐き、ベッドに座る。それから、返された武器の点検を始めるのであった。



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