第12話


 銃をバラ分解して内部を見たが、細工された痕跡は無かった。だが、サイトか弾を弄られたかも知れない可能性は、否定出来ない。

 例え、相手の復讐を成し遂げ、首を持ち帰ったとしても、自分の物とは言え、売れば一財産築けるハイテク機器スマホを報酬として受け取った後に部屋を用意する。

 そんな大盤振る舞いをするからには、理由が必ず存在する筈だ。

 こう言う時の人の善意と言うのは、基本的に怪しい。裏、何かしらの打算が有ると思って良い。


 涼介は人の好意、親切を信じる事が出来なかった。例え、相手が慈悲の心や施しの心からやったとしても、何かしらの裏が存在する。

 そう、信じて居た。


 予想出来る可能性は二つ。

 "俺を利用する" か "殺す" か、だ。


 涼介はジールとイーリャ、リボルバーを組み立てるとベッドに置いた。床に置かれたバックパックをベッドの自分が座ってる隣に置き、涼介は思考を巡らせる。


 前者なら寝床確保出来たと喜べるし、余程の事じゃない限り、この街に居る間限定で家賃支払いの代わりにマーイの頼みを聴く。

 それこそ相互利益の関係。まさにWin-Winの互いに実りがあり、願ってもない提案だ。

 だけど、後者なら……


 そこで涼介は考えるのを辞め、バックパックを開ける。中に手を入れて中身を取り出し、並べて始めた。

 バックパックから出てきたのは空のマガジン4本と弾の入った1本。合わせて6本の角張った形のジールのマガジンと、28発の7.62㎜ショートライフル弾が装填されたイーリャのマガジン4本と30発の38マグナム弾や予備のフラグ破片手榴弾、先日の戦利品であるオートマチック拳銃……ガードナーと言った武器が収まってた。それ以外にも、先端にカナビナやピッケルにも似たフックが結び付けられている束ねられたロープと扉を抉じ開けるのに使うバール。

 缶詰とビルトングと呼ばれる干し肉を含めた食糧。

 そして、袋に詰め込まれたパンツとシャツと言った下着類と何足かの靴下。それに、折り畳まれた野戦服等の着替え。石鹸やタオルと言った洗面用具と言った日用品であった。

 それ以外にも、バックパックの左右にあるポケットに2リットルぐらい入りそうな大きな水筒。真ん中のポケットには、飯盒が収まってたりもする。

 バックパックの中身を並べ、問題が無い事を確認した所で、今度はガンベルトを取り上げて中身を出して並べ始めた。

 腰に当たる部分に取り付けられた雑嚢からダイナモとヘッドランプ、ツールナイフに予備のガンオイルやクリーニングロッド、包帯や消毒用のアルコールとガーゼ等のファーストエイドキットとペインキラーと呼ばれる非常に強力な鎮痛剤が詰まった注射器等もあった。その他にもクローカーの皮を鞣して作られた手袋も有った。

 雑嚢の他にガンベルトには、バヨネット銃剣、折り畳み式のスコップ、布のカバーに収まったカップと1リットル容量の水筒にマップケース、それに円筒状のガスマスクケース。

 後は小物入れとなってるマガジンパウチが、3つ取り付けられていた。

 それらを全てベッドに並べ、点検する。小物や大して重要では無いとは言えないものであっても、これでもか? と、言う程に真剣な眼差しで見つめ、確認して行く。

 その間、聴こえる音は自分が装具を点検、整備する作業音と微かだが、ギシギシと軋んで聴こえる物音、それに女の矯声と言った卑猥な音ばかりであった。だが、涼介はそんな事を気にせず、手を緩める事無く作業を続ける。


 装具の点検に遣り過ぎ。と、言うのは無い。常に備えないと死ぬ。

 銃は清掃、整備しなければジャミング弾詰まりを急に起こす。場合によっては、トリガー引いても弾が出ない事だってある。

 ナイフなら獲物を突き刺すのが難しくなる。ライトが点かなければ、暗闇に呑み込まれる。

 ロープはラペリングしたり、引っ掻けて上に昇ったり、人を吊るしたりする時に必要。食糧と水は言わずもがな……

 何れも、生き残る為に必要な命綱だ。やらなければ自分の命でそのツケを支払う羽目になる。

 そうなったら、どうなる?

 答えは言う迄も無い……


 そうして、時間を掛けて念入りに全ての点検を終わらせると、外は日が沈もうとしていた。

 暗くなった部屋で涼介はオイルライターの鑢部分を擦る。火を点すと、 炎は部屋を照らし出す。


 もう暗くなったのか……


 ずっと、装具の点検に集中していたが故、涼介は日が沈んだのを気付かなかった。自分自身、それに呆れながらベッドの脇のスツールに置かれたランプのカバーを開け、中心から出る芯にオイルライターの火を近付けた。部屋に仄かで暖かな光が瞬く間の広がる。

 ベッドに涼介の持ち物が並べられたのが映える。リボルバーのシリンダーを開けると、ベッドに弾を溢した。

 ベッドに散らばって落ちる38マグナム弾をそのままに、バックパックに入れていた予備の38マグナム弾を取る。シリンダーへ入れ、装填するとホルスターに差し込み、右腿に取り付ける。

 それから、ダガーナイフのストラップを左腕に巻き直し、袖を伸ばして隠すとガードナーを手に取り、腰に差し込んで上着で隠す。そして、手に着替えの入った袋と洗面用具、それに綺麗な野戦服を持って部屋を後にした。


 部屋を出て、退廃と婬欲、不浄に満ちた空気と音のする薄暗い通路を進む。下に降りてくるにつれ、声が段々と大きくなる気がした。

 娼館でヤってる声を聴くと、女買いたくなる。

 だけど、マトモな医療技術が無い所で、エイズやら性病やらが感染したら、確実に人生終わる死ぬ

 レイラ師匠に"喰われた"時、気持ち良かったけど、よくよく考えると危なかったんだな。と、今更ながらに思う。

 スンゲェ、気持ち良くて骨抜きにされるって意味がよく理解出来たけど……


 文明が崩壊した事もあり、堕胎に避妊、性病予防の手段は近代。否、それ以前のレベルまで退化していた。

 その為、性病の罹患率は現代や崩壊前の世界と比べ高く、近世、下手したら古代とレベルが変わらないかも知れないのだ。

 性病に感染した場合、今の医療は基本的に怪我の治療が主で、性病含めた病気に対する処置は、出来る事は少ない。

 それ故、涼介にとって絵に書いた餅も同然。そればかりか、青少年的には拷問に近かった。

 そんな娼館から中庭に出ると、深呼吸をする。

 中の"営み"やポット麻薬煙草特有の甘ったるい臭い、アルコールの入り交じった何とも言えない濁り、淀んだ空気と比べれば、中庭の空気は非常に新鮮に感じる。

 ジャブジャブと水の音がするのを見る。下女達が汚れたシーツや娼婦のパンツを洗って居た。

 その向こうを見ると、ドラム缶の風呂に浸かる一仕事終えたばかりの女達が居た。湯に浸かり、汚れを洗い落としながら女達は和気あいあいと話している。

 内容に聞き耳を立てると……


 「あの客はネチッこくてしつこい」

 「アイツ、キモくない?」

 「最近、付き合ってる彼氏がカネ持ち逃げして消えた」

 「子供が出来たかもしれない」


 殆どが仕事絡みだ。中には自分の身請けしてくれる男が、逃げたや結婚出来るかも知れない。そんな希望と絶望に満ちた会話が飛び交っていた。

 その様子を見ると頭をボリボリと掻き、溜め息を吐く涼介に気付いた女が声を掛けて来る。


 「マジマジと見るより、カネ出して楽しむ方が良いんじゃない?」


 「病気移され……危ねッ!?」


 女の言葉に返す途中、湯の入った洗面器が涼介の顔面に投げ付けられる。其れを避けたのを見た女は、ドラム缶風呂から出た。

 胸や股間を隠さず、雫を滴らせながら涼介の前に立つや腕を振り被り、涼介の頬へ勢いよく平手を叩き付ける。それから、怒鳴り吐けた。


 「病気持ってくんのは、アンタ達野郎どもじゃない! 私等が病気持ってる訳じゃないわ!!」


 彼女にとって涼介が言おうとした冗談は、もっとも許せないモノであった。

 頬に感じる痛みより、涼介は自身の言おうとした冗談が、恥ずかしさと罪悪感の方が辛かった。

 それ故、女に向かって頭を下げる。


 「すまなかった」


 「ふん、心の籠ってない謝罪なんて耳障りよ!!」


 女は下女からタオルを受け取り、長いブロンドの髪を拭くと白くキメの細かい陶磁器の様な肌を濡らす滴を拭う。滴をタオルで一頻り拭うと、侍女は彼女からタオルを受け取り、背中を丁寧に拭き始めた。

 ヤベェ……彼女、クルチザンヌ高級娼婦か。

 吉原の花魁に付く禿かむろの如く侍女の少女が居る事に気付いた涼介は、彼女がただの娼婦では無いと漸く気付いた。

 彼女は綺麗な下着を着ると、上等な服を侍女に手伝われながら纏って行く。其処に居たのは、男達を手玉にする婬婦であった。


 「でも、謝らない奴よりマシね」


 涼介にそう言うと彼女は微笑み、頬に口付けをして来た。


 「アナタ、酷い臭いよ……風呂に入ったら?」


 「気にしないでくれ……他所を探す」


 だが、彼女は涼介の手に有った着替えを取り、悪戯っぽい笑みを浮かべて涼介を見詰めると、下女に渡した。


 「お、おい!?」


 「アンタ、ママの復讐を果たしてくれたハンターでしょ?」


 「カネになったから引き受けただけだ」


 「それでも、私達にとっては恩人よ……無礼な事を言ってもね」


 「だからって、ここの風呂を使わせる理由にはならねぇだろ?」


 無愛想そうに返し、風呂に入ろうとしない涼介に女は溜め息を吐くと、自分が投げた洗面器を取ってさっきまで入って居た風呂に歩み寄る。そして、湯を入れた洗面器を大きく振って涼介にぶちまけた。


 「プハっ!? 何すんだよ!?」


 全身がずぶ濡れになり、顔から湯を払って聴くと、女は笑って言う。


 「これで、中に入ったらアンタ、ママに殺されるわよ? それに、外を歩いたら風邪引いちゃうんじゃない?」


 してやったり。と、言った笑顔を浮かべる女は洗面器をドラム缶に戻す。それから、手をヒラヒラとさせて脇を通る。

 女が何をしたかったのか、解らなかった。しかし、濡れたまま中に戻れば、確実に文句言われる。

 外を出歩けば、風邪を引くのはハッキリしていた。


 「アンタが私達を信用してないのは解るわ。なんせ、男相手に商売してるんだから……でも、人の好意は素直に受け取るべきよ?」


 自分がこの娼館の人間を信用してない事が見透かされた。だが、女達は気にしてなかった。

 何度目かの溜め息を吐くと、涼介はドラム缶風呂に歩み寄る。


 「もし、お姉さんとヤりたいなら、おカネ頂戴ね」


 そう言って、女は娼館の中へと入って行った。 そんな後ろ姿を眺めながら左腕のダガーナイフと右腿のホルスターを外し、腰のガードナーを台の上に置く。

 それから、上着を脱ぎ始める。


 「着替えは此処に置いておきます」


 侍女が何時の間にか、女から受け取っていた涼介の 着替えをホルスター類の隣に置いた。その間も涼介は上着を脱ぎ、焦げ跡の目立つズボンを脱いでいた。


 「あら、意外とあるのね」


 「ねぇ、ハンターでしょ? 安くしとくわよ」


 無礼な事を言おうとしても、女達は逞しく自分の売り込みをする。彼女等にとって、男は日々の糧を得る手段にしか過ぎなかった。

 特に……

自分の命を賭け金にしてバンディッツやミュータント、アノマリーの巣となっている廃墟から遺物を持ち帰るハンターはカネ払いの良いカネ蔓と言えた 。


 「魅力的だけど断るよ……貧乏人だからね」


 そう言ってドラム缶風呂に入った。





 久し振りの風呂は気持ち良い。身体から疲れが抜け、沈んでた気分が嘘の様に晴れる。

 周りには見応えあるヌードばかり。正直言って、最高の光景とも言えた。

 さっきまでの殺伐とした雰囲気が涼介から消えて居た。風呂に浸かり、汚れを落として綺麗な服に袖を通した事もあってリフレッシュ出来たからだろう……

 部屋で涼介は荷物をしまうと、スマートフォンを取り出して音楽を再生した。 ゆっくりとしたテンポで優しげでありながら、哀しい雰囲気に溢れた曲がスマートフォンのスピーカーから流れる。

 そんな曲を流しながら涼介は、バンディッツのオープンカーから回収した地図をマップケースから取った。索引ページを開き、目的のページを見付ける。

 そのページを見ると、持っている今の地図と照らし合わせ場所を確認し始めた。

 あの街の図書館と市役所なら、建設した物のデータが解る。其処から帰る為の手段になる研究施設の手掛かりがある筈……

 涼介にとって、確保した銃器より当時の地図は、最高の宝と言えた。

 当時と様変わりしているとは言え、どんな廃墟か? 解れば手掛かりになる。

 ヘンゼルとグレーテルみたいにパン屑を辿る様な方法であるが、現状、コレしか方法は無かった。

 荷物を押し込み、今出来る範囲で次の探索準備を進めて行く。

 そんな時、扉がノックされた。

 涼介はリボルバーを握ると、ハンマーを起こして声を挙げる。


 「鍵は開いてる」


 その言葉と共に扉が開く。少しして足音がし、来客者が姿を見せた。


 「はぁい……さっきよりはマシみたいね」


 来客者は涼介にお湯をブッ掛けたクルチザンヌ高級娼婦であった。涼介はリボルバーを戻し、地図に顔を戻して問う。


 「何か用か?」


 「仕事が終わったから、遊びに来たのよ。そう言えば、名前名乗ってなかったわね……私はアンジー。貴方は?」


 「……榊原涼介」


 アンジーと名乗ったクルチザンヌ高級娼婦は涼介の名前を上手く聞き取れなかったのか、首を傾げてしまう。

 それを見た涼介は、更に続けて言う。


 「知り合いはロウって呼んでる」


 「宜しくね、ロウ……」


 そう言って、手が差差し伸べられた。涼介は右手を差し出し、アンジーの手を握る。

 握手をするとアンジーは涼介の隣に座り、涼介のスマートフォンを手に取った。


 「ねぇ、コレは何なの?」


 アンジーからすれば、スマートフォンは見た事が無い物であった。それを興味津々で弄っていると、音楽が変わる。

 すると、今度はテンポが早くエレキギターを激しく掻き鳴らすロックが再生さた。


 「携帯電話だ」


 「へぇ……これがそうなんだ。でも、ここの文字は見た事無いわ」


 知識として携帯電話、スマートフォンを知っていたアンジーだが、表記されてる文字は全て。そして、漢字であるが故に文字を読めなかった。

 それ故、最初は何であるか解らなかったのだ。


 「何で、貴方はこんなの持ってるの? ママが言うには、本来の持ち主だって言うし……」


 「色々あってね……」


 それしか言わない涼介にアンジーが深く踏み込む事は無かった。仕事上、男が言いたくない事を聞くのは、ルールに反するからだ。

 そんなアンジーに少しだけ感謝すると、涼介は彼女の手からスマートフォンを取り返して電源を切る。


 「何で切ちゃうのよ?」


 「曲が好みじゃないんだ」


 恨みがましく見詰めるアンジーに涼介は、困った表情で返した。

 アンジーは細いパイプを取り出すと、先に葉を詰める。それを見た涼介はオイルライターを出し、火を点した。


 「ありがとう」


 甘ったるい臭いが部屋に広がる。涼介は溜め息を吐くと、アンジーに告げる。


 「その煙草は辞めた方が良い」


 「ポット麻薬煙草の事? 別に良いじゃない……娼婦は長生き出来ないもの」


 涼介の言葉にアンジーは虚楽的に笑って返した。娼婦は長く生きて、20後半から30程度。

 春を売り、身体を酷使し、子供が出来ようとギリギリまで客を取り、子供を生んでからも病に掛かって死ぬ迄、客を取り続ける。

 そんな娼婦の人生を知ってるからか、真剣な眼差しをジヴァに向け、涼介は告げる。


 「クルチザンヌ高級娼婦なら、身請け出来るだけの稼ぎは有るし、懇意にしてくれる旦那も居るだろ? 早めに辞めた方が良い」


 「辞めた所で私は、それ娼婦以外を知らない。私を抱く奴等は皆、ロクデナシの屑ばっか……そんな奴の子供を作りたくないし、妻を名乗るのも不愉快よ」


 「……俺の言う事じゃない。忘れてくれ」


 自分が余計なお節介を焼いた事に少しだけ反省した所で、話は終わった。

 アンジーは話を変えようと紫煙を燻らせ、涼介が見ている地図に視線を向けると、涼介が問い掛けて来る。


 「この街でトレーダーが集まる所とか銃や弾を売ってる所はある?」


 「トレーダーなら、ここのBAR酒場によく集まるわ。今なら、酒飲んでヤってるんじゃない?」


 「そうじゃない……よく、トレーダーが店を開いてる所が知りたいんだ」


 「なら……西の広場ね。彼処じゃ、よく他所から来たトレーダーが店を開いてるわ。私、明日行こうと思ってたんだけど一緒に行く?」


 「よろしく頼みます」



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