第10話


 錆びの浮いた大きな買い物カートの中、10丁以上のイーリャと多数のバカマシンガンに数百発もの銃弾、レバー部分がダクトテープで固定された10個以上のフラグ破片手榴弾が詰め込まれていた。そんな大量の危険物が詰め込んだ買い物カートを涼介は押し、荒れ果てたメインホールの中を進む。

 メインホールはガランとしており、床にはボロボロの段ボールや毛布、マットレスと言った物が敷かれた寝床が作られていた。他にも、中で火が焚かれる半分に切られたドラム缶の竈が置かれ、上には焦げた肉が放置されていたりする。

 そんな生活感に溢れ、スーパーマーケットの名残が無くなったメインホールを後にすると、前に停められた奪ったテクニカルまで進んだ。

 カートを停め、中身をファイティングドラムと運転席の間に置かれた大きな金属製のコンテナへと突っ込んで行く。銃を下に詰めると、その上に弾とフラグ破片手榴弾を放り込んだ。

 武器の積み込みは30分で終わった。だが、建物の中には電球や小型発電機、スパークプラグ等の電送品。エンジンのピストンヘッド付きのコンロッドやクランクシャフト、ホイール付きのタイヤ、その他諸々の車のパーツ。そして、紙のケースに詰まった大量の酒や缶詰が倉庫に放置され、残されていた。

 しかし、車が有っても独りで全てを持ち出すのは不可能と言えた。それ故、涼介は武器を積み込むだけで留めた。

 建物に戻ると涼介はメインホールは通り抜け、ボロボロになったバックヤードのドアを開けた。そのまま奥へと進み、例の"肉"が保管された倉庫へ赴く。

 倉庫では少女が呆然と佇んでおり、天井から吊り下げられた物言わぬ母親を見詰めて居る。

 涼介は死体から剥ぎ取った上着を一糸纏わぬ姿の少女にソッと掛けた。だが、少女は何の反応もせず母親を見詰めるだけであった。

 そんな少女へ涼介は静かに語り掛ける。


 「お前、身内は居ねぇのか?」


 少女は問いに答えなかった。その様子に溜め息を吐き、再び問い掛ける。

 だが、少女は沈黙を保つだけであった。

 それに苛立ちを微かに覚える涼介であったが、直ぐに倉庫から出ようとする。ドアに手を掛けると、少女へ振り返った。

 少女は何人もの男達にレイプされ、親を殺されて喰われた。それは筆舌し難い苦痛なのは明らかだ。

 そのせいか、少女の小さな背中には哀しみと絶望が重くのし掛かっている様に見えた。目を逸らす様にドアを開け、倉庫から出る。

 暫くすると、再び、ドアが開いた。

 涼介はズカズカと大きく歩み寄り、乱暴に少女を担ぎ上げた。少女は抵抗を一切しない。

 荷物の様に肩に担ぎ、メインホールに来ると少女を状態の良いマットレスに座らせる。


 「君の名前は?」


 床に座り込んで、少女と目を合わせて問い掛ける。だが、少女は虚ろな目を浮かべたまま何も答えなかった。

 そんな少女に水筒を差し出す。


 「喉は乾いてないか?」


 水筒の蓋を開け、一口飲んで毒は入ってないと示すと、再び、差し出した。

 少女が水筒を受け取る事は無かった。水筒をマットレスの脇に置くと、立ち上がって1枚の毛布を手に取って少女の肩に無言で掛け、静かに離れる。

 バックパックが脇に置かれたマットレスに座ると、コンバットブーツを脱いでマットレスの足下付近に置き、コンバットベストや各種装具が取り付けられたガンベルト、背負っていたジールとイーリャ等も置く。

 面倒臭いけど、撃ちまくったし整備しないと……

 眠たげな眼を擦り、大きくアクビしてから深呼吸をすると眠気を噛み殺し、ポンチョを床に敷く。それからジールとイーリャ、それにリボルバーをポンチョの上に並べ始めた。

 涼介は慣れた手付きで火薬ススを始めとした汚れにまみれた部品を本体から取り外すと、オイルを着けてブラシで磨く。落ちた汚れで真っ黒になったオイルを死体から剥ぎ取った服の切れ端で拭った。

 だが、未だに汚れは残っていた。

 派手に撃ったからなぁ……汚ぇ、汚ぇ……

 大きな溜め息を吐くと、またオイルを塗り付けてブラシで磨く。そして、切れ端で拭い、またブラシで磨いた。

 ジール本体内に入っていた細かい部品を入念に磨く

。特にガス周り……ピストンとピストンがボルトとボルトキャリア、そして、それ等が中でストロークするガスチューブを執拗とも言えるくらいに磨いて行く。

 長い時間を掛けて多数の部品を磨き、綺麗に洗浄した物はポンチョの上に順番に並べた。部品を並べ終わると、今度はバレルと一体になっているジールの本体を見る。

 本体は撃った時の火薬カスを含め、焼け跡も酷かった。

 涼介はクリーニングキットから何本もの棒を取ると、組み合わせて先端にガスチューブを洗浄した時に使ったブラシを手にする。バレルの中にオイルを多目に流し込み、軸の長いブラシを突っ込んだ。

 ゴシゴシと強く擦ると、本体側から汚れが流れ落ちて来た。床にオイルを棄てると、またオイルをバレルに流し込んでブラシでバレルの中を磨く。

 作業を2回、3回と繰り返してバレルの中をブラシで磨いた涼介は明るい時に使った紐に切れ端を括り付け、バレル内を拭き取った。ソレが終わるとヘッドランプで中を照らし、清掃具合とライフリングの消耗具合を確認する。

 一頻り見て、問題が無かったのか満足気に部品を磨くのに使ったブラシを手に取り、向きを変えて内部を磨く。


 「ふぅ、終わった」


 1時間近く使い、ジールとイーリャを分解、洗浄、点検を終わらせるとリボルバーを手に取る。

 リボルバーの整備はジールやイーリャと比べれば楽であった。グリップを止めるネジを外し、中のバネを始めとした部品を外し、埃で汚れた所を簡単に磨いてオイルを塗布するだけに留める。

 それが終わると、短い銃身の中やリボルバーの特徴とも言える蓮根の様に6つの孔が空いたシリンダー内を磨き、切れ端で拭き取る。

 そうして、リボルバーの点検と洗浄を終わらせて組み立て、トリガーを引いた。リボルバーからガチンと言う金属音が鳴り響く。

 リボルバーをジールとイーリャと同じように並べて置くと、クリーニングキットをガンベルトのパウチに納めた所で、視線がある物に留まった。


 「そうだ、コイツを忘れてた」


 そう言って、ガンベルトのバヨネット銃剣と左腕のダガーナイフを抜き、ポンチョに並べて置く。

 バヨネット銃剣を手に取ると刀身にオイルを1滴垂らし、ブラシで磨き始める。刀身の溝を入念に磨くと、裏返して反対側もブラシで磨いて行く。

 刀身をブラシで磨き終えると切れ端で全体を拭き取り、余分なオイルを払った。

 刀身を綺麗にすると、今度はバックパックから棒状のシャープナー砥石を取り出し、バヨネット銃剣の刃に滑らせる様に研ぎ始めた。

 シャッシャッと擦れる音をさせ、刀身を研ぐ。ひたすら静かに刃を研ぎ左右両側と表と裏を終わらせると、今度は刃先にシャープナー砥石を当てた。

 涼介は刃先は腹の部分と違い、入念に研いで行く。バヨネット銃剣を研ぎ、刃先に指を当てる。

 すると、1滴の血がプツリと指先に現れる。その血を舐めると、バヨネット銃剣をガンベルトに戻した。

 その後も、ダガーナイフをバヨネット銃剣と同じ要領で磨いてから拭き、シャープナー砥石で刃先を集中的に研き、整備を終わらせた。

 武器の手入れを終わらせた涼介は、琥珀色の酒ウィスキーが半分ほど残ったガラスのボトルを見付けると拾い上げ、キャップを開けた。中の匂いを嗅いで変な臭いがしないか? 確認し、毒の気配がしないと判断するやボトルに口を付け、煽る。

 喉がカッと焼ける感覚と共に、麦の芳醇な香りが鼻孔を程好く刺激される。


 「フゥゥゥゥ……」


 酒を飲んで一息吐くと、またボトルを煽って酒を飲んだ。度数が40%ある酒は、涼介の顔を瞬く間に紅く染める。


 「バンディッツブッ殺して、身ぐるみ剥ぐなんて……どっちがバンディッツか解りゃあしねぇ……」


 紅い顔で自虐的な笑みを浮かべ、自分の行いを口にするとボトルを煽る。ボトルの酒は直ぐに無くなった 。ボトルを無造作に投げると、割れる音が響く。

 涼介は覚束ない足取りで目に付いた透明な液体が入ったボトルに赴き、手に取って飲み始める。ボトルの酒ウォッカを煽ってから暫くすると、身体が熱くなって頭がボンヤリして来た。

 ボーッとする涼介は上着を脱いでバックパックに投げると、尿意に駆られた。

 立ち上がってフラフラと歩き、外へと出る。外は夜が明ける寸前で、空は僅かに白み明るかった。

 脇の壁を見詰め、ズボンのチャックを下ろすと涼介はそのまま、小便をする。壁を濡らし、アンモニア臭が漂ようにつれて膀胱が空になって涼介の気分がスッキリとして行った。

 小便が出なくなり、ブルブルッと振って滴を払って居ると、銃声がした。涼介は地面に伏せ、周りを見回す。

 だが、何処も撃たれて居なかった。剥き出しになってる自分の"モノ"をしまってから地面を這う様に中へ向かう。

 その間、撃たれる事は無かった。中に入ると酔った頭でも解る硝煙の臭いが、鼻孔をくすぐって来る。

 立ち上がると埃を払ってから先へ進み、奥に近付くにつれて硝煙と鮮血の臭いが強くなった。


 「おい、ふざけんなよ」


 マットレスまで戻ると、少女が小さな手で涼介の大きなリボルバーを握ったまま、頭から脳獎をブチまけて倒れて居た。リボルバーを少女の手から剥がし、シリンダーを横に開くと1発だけ雷管に窪みが出来ている薬莢があった。

 リボルバーのシリンダーを戻すと、荷物を持って水筒の置かれたマットレスへ面倒臭そうに移動した。それが終わると、酒を飲み始める。

 涼介は、少女の死体を眺めて思った。


 自殺が大罪なのは、キリスト教だっけ? それとも、イスラム教?

 まぁ、どうでも良いか……死んだ奴がどうなろうと、知った事じゃない。


 ウォッカのボトルを置くと右手でリボルバーを掴んで立ち上がり、無惨な少女の死体まで歩む。少女の足下でしゃがむと、細い脚を左手で掴んで引き摺り始めた。

 ズルズルと女を吊るされた母親の居る倉庫まで引き摺り、中に入る。母親の前で止まるとリボルバーのハンマー撃鉄を起こし、母親の方へ向けた。

 トリガーを引くと、大きな銃声と共に母親の死体が、ドサッと床に落ちて来る。そんな母親の脇に少女の躯を並べる様に置いた。


 「こんなの間違ってる」


 絞り出す様に言うと、涼介は倉庫を後にした。

 メインホールに戻り、マットレスに座り込んでウォッカを飲む。

 その内、ボトルが空になると涼介はマットレスに崩れ落ち、闇に呑み込まれたのであった。





 目を覚ますと頭が凄くズキズキと痛い。それに何か込み上げる気持ち悪さと周りの臭さに耐え切れず、口許を両手でしっかり押さえると転がっている凹んだバケツの前に駆け付け、中に吐いた。

 吐いたお陰でスッキリした。けど、頭が痛い。

 酷い二日酔いだ。しかし、グッスリと眠る事が出来たのは良かった。

 仮眠したり、軽い休みを混ぜていたとは言え、夜から真夜中に掛けて延々と動き回り、敵を殺し続けた。


 水筒の水でうがいして、口の中をサッパリさせてから酔い醒ましに水を飲み、イーリャを背負うと鳴いて訴えて来る腹を堪え、外に出る。


 「うわ、マジかよ……ヒデェ有り様だな」


 外ではカラス達が死体に群がり、食事に勤しんで居た。ホラー映画のワンシーンにも似た光景に涼介は苦笑いし、思った事をありのままにボヤくと小便をする。

 涼介は小便を済ませてモノを納めるとイーリャを手に取り、後ろを振り返った。

 静かに膝立ちになるとストックを肩に付け、リアサイトを覗き込む。1匹のカラスにフロントサイトを合わせると、セレクターソッとセミオートに弾く。

 トリガーに指を掛けて徐々に、徐々に力を込めた。すると、トリガーが重くなる。"遊び"が無くなったのだ。

 涼介は深呼吸し、ゆっくりと静かに呼吸を整えて行く。段々と身体の揺れが小さくなると、息を止める。

 身体の揺れがピタリと、止まる。リアサイト越しに見えるフロントサイトの頂点とカラスが合わさり、トリガーが引かれた。

 照らし合わせたかの様に、カラスが一斉に飛び立つ。

 地面が落ちた羽で彩られ、頭の無くなった1匹のカラスと食い散らかされた残飯が残された。

 涼介はカラスの死体を取り上げると、ボロボロのベンチに座って羽を毟り始めた。地面に散らばる羽が、首から流れ落ちる血で赤く染まって行く。

 丸ハゲにしたカラスの脚を掴んで逆さに持ち、歩くと地面と床に点々と血が滴り落ちる。

 カラスを金属の板に置くと、プライヤーにもなるツールナイフを取り出す。刃を出して首へ縦に突き入れ、それから、両足の付け根部分に刃を入れた。

 切れ目を入れた涼介は、ドラム缶内に残った薪に火を点す。炎が大きくなろうとしてる間、カラスの首に入れた切れ目に指を突き入れると、そのまま剥がし始めた。

 ビリビリと言う音と共に皮が肉から剥がれ、シャツを脱ぐかの如く捲れた。慣れた手付きでカラスの皮を剥ぐと、腹を切り裂く。

 中に指を入れ、胆嚢を慎重に取り出す。胆嚢を炎の中に棄てると本格的にモツ内臓を抜き、刃を巧みに操って肉を解体する。

 カラスを解体すると、ドラム缶の炎に当てて焼く。その間、小さな片手鍋に水を注いで中に倉庫で見付けたインスタントラーメンを入れ、火に掛けた。

 待ってる間、暇だ。

 武器も手入れしちゃったし……

 そうだ……ジールの弾7.62㎜ライフル弾、少なくなってるんだった。

 昨晩の戦闘でジールを撃った事で、マガジン2つ分しか弾は残っていなかった。コンバットベストに残っていたマガジンを全て、バックパックに入れると、空いたスペースにイーリャのマガジンを突っ込む。

 7.62㎜ライフルが手に入る迄は、イーリャで問題無いな。

 スコープでも有れば、スナイパーライフル的な使い方が出来るんだけど……

 無い物ねだりは良くない。お、そろそろ良さそうだな……


 涼介は焼けたばかりのモツを喰らい、舌鼓を打つとラーメンを食べ、遅めの朝食となった。





 カラスとラーメンは旨かった。意外かもしれないが、カラスは食べでがある。

 流石に向こう元の世界に戻った後、食べたいとは思わないけど……

 腹が満たされた涼介は大きなゲップを下品にすると、水を飲んで口の中を洗い流す。

 でも、ラーメンは喰いたい。駅前の春蘭堂のチャーシュ麺と餃子、後、海老チャーハン。帰ったら、絶対に喰う。

 それまでは物理的にも精神的にも死なない様、ゴキブリの如く生き延びよう……

 インスタントラーメンを食べ、地元の駅前にあるラーメン屋を思い出した涼介は故郷に想いを馳せ、荷物を積み込んだテクニカルに乗り込む。

 エンジンを掛け、ギアを入れてサイドブレーキを下ろすと、アクセルを踏んで走り去るのであった。



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