第20話 空母ヤマシオ
国連で決議された期日まで残り三日となったころだった。
空母ヤマシオの飛行甲板に、エンジン音とローター音が響きわたった。誘導員が大きな動作で合図を出していた。甲板の真上には三機の垂直離着陸輸送機‘ウオタカ’が距離をとりながら回転翼を上に向けてホバリングしていた。
艦長が言っていた ‘お客さん’ とはこの輸送機のことだった。
各機は手慣れた様子で着艦を終えた。一機目のウオタカから降りてきたのは世界各国のメディア関係者だった。カメラマン、リポーター等々、大手個人問わず集められるだけ集めてきたのだった。正確には抽選をしなければならないほど希望者が集まっていた。これはジャパリ委員会とヤマシオの艦長の考え出した作戦の一つだった。共和国に強硬姿勢を見せる国連に対し、世界世論を味方につけようと考えたのだった。既にヤマシオに到着する前から彼らはその様子の配信を始めていた。
二機目と三機目に乗っていたのは陸軍の救助部隊だった。もしも国連の決議通りジャパリ島へ空爆が敢行されることになった場合、ウオタカと共に彼らが島から研究者達を連れて戻ることになっていた。
ヤマシオの艦長は甲板上で彼らの乗艦を見届け、簡単な挨拶を述べた。だがそれからすぐすさまCDCに引き返していった。
「上空の様子は?」
艦長はレーダーを睨んでいる兵に声を掛けた。
「ええ、また偵察機が飛んできています。神経戦でもする気でしょうか」
「スクランブルを掛けるか」
その時ちょうど良いタイミングで、「ウオタカ、三機とも格納庫入りました!」と報告が入った。
「よし、スクランブルだ」
今度はジェット機二機が甲板上に現れると、手早く準備が整えられてカタパルトで押し出されると飛び立っていった。
CDCの通信担当の兵はぼやいた。
「また同じ様なやり取りですかね」
「だろうな」
それからマスク越しのくぐもった声のやりとりがCDC内に響いた。
「そちらはニッポニア共和国の領空を侵犯している」
「こちらは合衆国海軍。交戦の意思は無い。島を観察してるだけだ。これは国連決議に基づいた行動の範疇と認識している」
「了解した。だが、早く領空外へ離脱することを望む。以上」
安全な距離をとりながら並行して飛んでいたが、しばらくすると合衆国軍の偵察機は引き返すようにして領空外へ飛び去った。
事態はひと段落した。モニターをにらんでいた要員たちはほっとした思いで、落ち着きが戻った。
「はーあ、威嚇射撃の一つでもできれば……」
どこからかぼやくような声が聞こえた。それは艦長と副官の耳にも届き、副官が思わず怒鳴った。
「おい、聞こえたぞ。共和国軍のもっとも基本の概念は何だ?」
「はっ、それは専守防衛でありです!」
怒鳴られたと思った水兵はその場に立ちあがった。艦長は彼の傍に近づくと穏やかな声で言った。
「そうの通りだい。まあ、気持ちは分からんでもないが、気を引き締めて仕事に打ち込んでくれよ」
「はい、了解であります」
艦長は苦笑して静かにうなずいた。
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