第18話 攻勢

「現状報告!」

 ルイス中佐は一路ジャパリ島を目指す艦隊のジュピターのCIC ――戦闘指揮所―― で声を上げた。

「はい、現在ユーラシア連邦の艦隊はほとんど位置を変えておりません。一方、ニッポニア共和国の空母と駆逐艦はジャパリ島近海を航行してます」

「よろしい、監視を続けてくれ。それから基地の爆撃機は?」

「今から二十四時間以内に出撃準備が完了するとのことです」

「分かった」

 中東で作戦指揮を執っていたときと比べればここで流れている空気は穏やかだ、と中佐は思っていた。作戦中なので多少の緊張感が漂ってはいるものの銃弾やミサイルが飛んで来るような状況ではないためであった。

「私は少し休む。何かあったらすぐに知らせてくれ」

 中佐は部下にいったんは引き継ぎをして、CDCを離れて食堂へ向かった。その途中、通路でテイラー艦長と出くわした。

「テイラー艦長、お疲れ様です」

「ああ、なかなか私たちのような立場だと、ゆっくり食事をする時間もありませんな」

「ええ……」

「ただし、我が海軍の十二隻ある空母の中でもコックが一流揃いなのはうれしい限りだ」

「もちろんです。既に私の腹がそれを認めていますよ」

 それから中佐は話題を変えることにした。

「ところで、テイラー艦長は現状をどうお考えになります?」狭い通路を進みながら切り出した。

「なにがです?」

「流石のニッポニア共和国もこの艦隊がジャパリ島に向かっていることは分かるはずです。もっとも、それが分かるように航行しているわけで」

 ルイス中佐としては国連決議の期日ぎりぎりまで隠密行動をすべきだと具申したが、合衆国の軍司令部は受け入れなかったのだ。指令通り、ジャパリ島を目指して真っ直ぐ進めとのことだった。これにはもっともらしい理由があった。作戦の要は戦略ステルス爆撃機の ‘スピリット’ である。この機体は合衆国内陸部の専用基地から発進する。ステルスとは言え、途中でニッポニア共和国がこれを見つけないとも限らない。つまりは相手の注意を逸らすものが必要だと作戦立案で考えられたのだ。それがこの空母 ‘ジュピター’ の空母部隊ということだった。空母を中心にイージス艦、駆逐艦、加えて補給艦も、これらが堂々と陣形を成して進む姿は、何よりも目立つことこの上なかった。

「なにを気にかけているのです?」

「ジャパリ島近海にいる共和国の空母と駆逐艦。これがよくわからない」

「空母一隻と駆逐艦が二隻でしたね。たしかに中途半端だ。まさかこの艦隊への対抗措置、とも考えるべきか……」

 艦長も納得のいかない表情をしていた。

 それにルイス中佐は、武力衝突などという事態はなるべく避けたいと考えていた。もっともこの軍事作戦の最終目的はサンドスターを噴出している山のてっぺんを塞ぐことであって、敵国家の撃滅でも、テロを目論む過激派の制圧でもないのだった。もちろん合衆国への忠誠心は健在だが、この作戦に関しては航行中に多少の疑問が浮かんでいることも一つの事実だった。



 艦隊から遠く離れている合衆国中部の空軍基地ではパイロットのライアン・マーティンがステルス爆撃 ‘スピリット’ の整備を遠目で眺めていた。

「いよいよだな」

 そこに相棒のイーサン・ミラーがやってきて声を掛けた。

「ああ」

「なんだ。冴えない顔して、流石にトラブルはもうないだろうよ」

 マーティンが浮かないかをしているのには理由があった。二人は以前に ‘スピリット’ のテスト飛行中に機器のトラブル見舞われたことがあった。緊急脱出で難を逃れたもの機体は墜落したのだ。もっともこの機体は金と等価と言われるほど製造コストが高く、機体も国家機密の塊のようなものだった。ゆえに滅多に実戦での使用が許可されず、経験値が不足している機体であることも、また事実であった。

「あれは別に俺達のせいじゃない。機体に問題があっただけのことだ。それにもう何度も乗っているじゃないか」

「いや、なんとなくいやな感じがするだけだ」

「なんだそりゃ、今回は楽な作戦だぜ。敵の頭上に落とすわけでもないし、対空砲があるわけでもない。爆弾を山に落とすだけ、演習と同じだ。あまり気を病むなよ。いつも通りに行こうぜ」

 それからしばらく黙って眺めてたが、二人は宿舎に戻った。

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