第10話 会議

 ナタリー・ロペス博士が島を去ってから数日が経った。


 教授とイマニシ博士はセルリアンのことで内心は穏やかではなかったが、自分達の仕事をこなすほかすべが無いのもまた現実であった。それにジャパリパークの市街地でもフレンズ達の出歩く姿が見られるようになり、いつものような穏やかな日々が続いていた。



 そのころ、遠く離れた合衆国の首都からほど近くのある国防機関の施設の一室に軍参謀や政府高官、幾人かの研究者や専門家が集まっていた。


「例のジャパリ島での騒ぎの件、まだ世間には知られていないだろうね」

 高官の一人が言った。それはもちろんジャパリパークに派遣した研究機関の施設がセルリアンの襲撃にあったことだった。

「ええ、もちろんです。それから安全確保のため、何人かの研究者は帰国させました」

 会議の進行役が答えた。

「まったく厄介な話だ」

 参謀の一人がぼやくように言った。

「それにしても研究の方はどうなっている。兵器化に向けた足がかりは?」

「それについてですが、現段階では対象が未知であるということが分かっただけです」

 研究者の一人が緊張で出た汗を拭きながら応えた。

「ふん、無知の知がやっとわかったところか」

「ですが、現段階での我々の科学、技術のレベルでは解明は困難です」

「じゃあ、なんだ。計画は見直すか、無期凍結にした方がいいとでもいうのか?」

「詰まる所、そうです。今の状況からするとサンドスター及びサンドスターρをヒトが自在に扱うことは困難です」

 もう一人の研究者が言うと、参謀達からは呆れたようなため息が出た。

「少なくともセルリアン襲撃の事態から鑑みますと、サンドスターは単なる物質ではなく、何らかの知的生命体との関わりがるとも考えられます」

 研究者は報告を続けた。

「私の見立ててではセルリアンは我々が思っている以上に知能が高いはずです。そして、これは仮説ですが、それぞれの個体が未知の方法で意思疎通を行なっているとすれば……」

「研究所をセルリアンが襲撃に来た理由になるとでも?」

「そういうことです」

「仮説ばっかりだな。セルリアンが仲間を取り戻しに来たとでもい言うのかい? まるでSFじゃないか」

「SFですか? しかし、これは現実に起きてしまったことです」

 研究者と参謀の間の空気が険悪になりかけたとき、

「あの、よろしいですか? 要因の特定や学術的解明も重要かも知れませんが、今はもっと重要なことがあると思いますが」

 参謀の中でも年少のものが一声上げた。

「それはなんだね?」

「もしも家畜がフレンズ化したらどういった事態が考えられるでしょうか? もしくはセルリアンが家畜を捕食するにしても同様かもしれません。野生にしても生態系への影響は? あるいは、我が国の大都市部でセルリアンが大量発生したらどうなる事態が考えられるでしょうか? それから、サンドスターによる気候変動も無視できないはずです」

 各々がそれらに想像をめぐらせ、部屋は一時静まり返った。

「仮に市民にそのような考えが広まるだけでも、少々問題が起きそうだ」

「いや、パニックにでも発展しようものなら、脅威的事案と考えるべきかもしれん。共和国は何か対策を考えているのか?」

「それが困ったことに、ほとんど考えていないようです」

「ある外交筋から聞いた情報だが、サンドスターよりジャパリパーク建設を巡る献金や、与党と企業の癒着の方が問題だと考えているようだ」

「呆れた話だ。そんなこと……」

「そんなことより、分かっていることを報告してくれ」

 専門家の一人が言った。

「すでに合衆国北部ではフレンズ化現象が幾つか確認されています。それから目撃情報だけですが、小型のセルリアンも。おそらくジャパリ島から舞い上がったサンドスターが上空の気流によって流れてきているということでしょう。このままでは、問題は合衆国だけとも限りません」

「そうだ! それに海中に溶け込んだサンドスターも海流によって拡大しているという話があったが、調査はどうなっている?」

「その件については、まだ調査中です。ですが、これも懸念事項であることに変わりはないでしょう」

「いずれにせよ。共和国に対しては懸念を申し入れる必要がある」

「それからすぐにサンドスターの拡散を止めるための計画を立てることもだ!」

「ちなみにサンプルは採ってあるのだろう?」

「ええ、サンドスターもρについても掃いて捨てるほどの量が密封状態で保管されています」

「なら、今はサンドスター拡散を止めるのが優先だ」


 この非公式の会議はサンドスター拡散防止を最優先課題とするとして全員の意見が一致し、締めくくられた。

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