第9話 情報
教授達がセルリアンの大群を目撃してから幾日が経った日、イマニシ博士とヒダカ教授はあのレストランバーで再び顔を合わせた。
「なるほど、セルリアンの大群ですか?」
イマニシ博士はビール ――といってもジャパリ島内ではアルコール類の販売は禁止されておりノンアルコールビールだった―― を飲みながら言った。
「そうです。ですが何か情報が出回るかと思えばそうでもないようです。一体なんだったのやら」
ボヤくように言ったヒダカ教授はカクテル ――こちらも同じくノンアルコールカクテル―― を飲んでいた。
「それにしても僕もその映像を見てみたいですね」
イマニシ博士は興味津々に聞いてきた。
「それならメールで送りましょう。私は何回も見直しましたが、新たに気付くことがあるかもしれません」
「そうですね。それにしても教授、やっとIDをもらえたんですか?」
博士は教授がなにか首から提げているのに気がついた。
「ああ、これか」
教授は首から提げたタグを手に取った。
「ジャパリパークの管理部門の者がわざわざ届けてくれたんだ。ちゃんと人数分ね。やっぱり手違いがあったようだ」
その時、店に新たに客が一人入ってきた。それを見た教授は前回のときを思い出した。
「ドクターイマニシ、先日はごめんなさい」
やって来たのはナタリー・・ロペス博士だった。
「ロペス博士じゃないですか。気にしてはいませんよ研究は忙しいものですから。そうそう、こちらはヒダカ教授です。サンドスター研究の」
「そう言えば、先日もいらっしゃいましたね」
「どうも初めまして、生物・環境研究所のヒダカです」
そこで二人は軽く握手を交わした。
「こちらこそ。ナタリー・・ロペスです。自己紹介早々ですけど私また行かなくてはならなんですよ」
「そうですか、なかなか忙しいものですね」
「実はこれから合衆国に戻らなければならないのです」
「また、急な話ですね」
教授はいささか驚いた口調だった。
「お二人がいらしてよかったわ。どうしても一言伝えておきたいことがあるんです」
ロペス博士は急に真剣な表情を見せた。
「一体なにごとです?」
「セルリアンです。これから気をつけた方がいいと思って。それからサンドスターはまったく異なるようで表裏一体、陰陽の関係にある。そんな気がします」
「どういうことです?」
「詳しいことはここでは、それに時間も、」
その時「ナタリー! 出発の時間が迫ってるぞ!」と、入口の方から顔をのぞかせた同僚らしき人が声を上げた。
「とにかく、気をつけて」
それだけ言うと、ロペス博士は足早にその場を後にした。
残された二人はあっけにとられたままだった。
「いったい、どうしたことでしょう。あれは?」
「さあ、僕にも……」
博士は呆然と首を振ってみせた。
翌日、教授はパークの研究施設を訪れていた。イマニシ博士からとにかく来てほしいという連絡があったのだ。
「これを見てください」
教授が訪れるなり、イマニシ博士が見せたのは封筒に入ったUSBメモリだった。
「これはなんだい?」
「宛名しか書いてませんでした。それも達筆な英語で、それから投函は島内の郵便局です。ということは……」
「もしやロペス博士から?」
「僕もそう思います。ただ、中身はまだ確かめてないんですよ」
それから博士はオフラインのパソコンにUSBメモリを接続した。
メモリの中には研究施設の中で撮られたと思しきセルリアンの画像ファイルや、研究文書のPDFファイルといったものが多数入っていた。
「教授、内容分かりますか」
「英語は少々苦手でね」
教授は少し恥ずかしそうに言った。それでも技術用語は読み取れたし、なによりMilitaryやweaponの文字があることははっきりと分かった。
「セルリアンの軍事転用に関する意見報告書か……」
「なんてことだ。合衆国はそんなことを考えていたのか?」
他にはサンドスターによる気候改変に関する文章や、セルリアンの写真や映像ファイルが多数あった。
「テキストファイルが一つあるな」
それはナタリー・ロペス博士が作成したと思われるものだった。
“ ドクターイマニシ、急いでつくった文なので少しまとまりに欠けるのはお許しを。
私個人の意見としてはサンドスターは三次元以上の存在ではないかと思います。結晶構造にしても、サンプルが違えば異なるものばかり、質量も誤差とは言えないほど差が見られました。そもそも同じサンプルにも関わらず、質量および構造に変動がありました。時間的に変化、もしくは、非常に突拍子もないですが、何らかの四次元構造体の断面がジャパリ島を中心として姿を現しているのかもしれません。むしろ、そのような未知の物質であればフレンズ化現象が起きるのも納得がいくのかもしれません。
それからセルリアンですが、私たちのところではそれを構成するものもサンドスターの一種とみています。こちらはサンドスターと異なり、質量変動が見受けられませんでした。ただし、結晶構造に僅かながら類似性があるように思います。仮称としてサンドスターρと名付けています。また、セルリアンは動物を捕食すると考えています。セルリアンの発生が増えればこれは危機的状況を生むでしょう。
それと、未知も同然のこの物質を合衆国は兵器や気候コントロールの手段として利用しようとしています。私はそれに関して危惧すべき意見をしたのですが、相手にもされませんでした。
そして重要なことを最後に。先日、私のいる施設がセルリアンの襲撃に合ったのです。幸いにも軽傷者しか出なかったのですが、私を含めた幾人は帰国を命じられました。そしてなぜかこの事案は箝口令がしかれています。
原因はおそらく私たちの研究と関わりがあるように思いますが、これから何が起きるかも分かりません。とにかく気をつけて。
せめても、わずかでも情報を伝えておきたいと思い、このUSBを送付しました。
ナタリー・ロペス”
二人は余りに唐突な内容に、しばらく呆然としていた。
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