第6話 集い
降雪騒動の後、しばらくは天候不順の日が続いたが、ここ最近はすっかり落ち着いていた。そして島全体の気候の異常もそのまま固定化されたようだった。教授達が居る場所は亜寒帯気候に近い状態になっていた。
教授達の研究部屋ではパソコンに加えヒーターと加湿器が静かに稼働していた。ミヤタケ研究員は一人で黙々とデータ整理をしていた。部屋にはミヤタケ研究員が持ってきたアロマの香りが微かに漂っていた。夕方にもなったころ、自室で報告書をまとめていたヒダカ教授が戻ってきた。
「ミヤタケ君、エーレンベルク君はどこに行った?」
部屋を一瞥してから言った。
「確か、濃度計の修理とかで部品や工具を買いに出かけてます」
ミヤタケ研究員はパソコンから顔を上げて応えた。
「ジープは倉庫に停まっていたようだが」
「バイクを持っているそうですよ」
「そうか……やはり、濃度計は壊れたのか?」
教授は不安そうな顔をした。
「いえ、結局のところプロトタイプと言うことみたいですね。まだシステムに不具合があったり、配線や基盤が外れてしまったりといった小さいトラブルが多いみたいです。大きな故障じゃなくて」
「なるほどな、そうか」
実際それは無理も無いことであった。濃度計は繊細な機械だった。ジープの荷台に乗せて、道とも言えない道を走りまわったらどこかしら問題が発生して当然だった。だが、今の教授はその点が問題ではなかった。
「どうかしました? 教授」
「いや、ちょっと街に出かけようと思ってね」
「買い出しなら私一人で行きますよ」
「いや、人を探しといったとこだな」
「ええと、もしかして、例の非公式のパイプ作りですか?」
「まあ、そうだ」
「ジープなら運転します。どのみち私は私で買い出しにいくつもりでしたから」
「それならよろしく頼むよ」
ジャパリ島の繁華街がある辺りは地中海性気候のようになっていた。
「それでは教授、私はその間に買い出しとかしてきます」
教授が降りるとミヤタケ研究員は言った。
「ああ、ゆっくりで構わんよ」
ジープが行ってしまうと、教授はカフェやレストランバーを探しに向かった。パークの研究者や合衆国の機関の関係者だってヒトなはずである。こういったとこでも見つかるはずだと考えたのだった。夕方ということもあって都市ほどではないがどの店も賑わっていた。
教授がとあるレストランバーのカウンター席に腰を落ち着けた時、意外にも探し物は向こうからやってきた。
「もしや、生物・環境研究所の方ですか?」
と、メガネを掛けてよれよれの服装の青年が声をかけてきた
「そうですが、どうして分かりました?」
突然声を掛けられたので教授は驚いた。
「いや、この店では初めて見る顔でしたし、さっき生物・環境研究所の文字が入った車から降りるの見かけました」
「それは優れた観察力ですな」
「そこが僕の長所でして」
彼は少し得意げに言った。
「それより……」
教授は彼の服装をまじまじと見た。
「ええ、こんな格好ですがパークの職員ですよ」
それからよく見るとパーク職員のIDタグを首から下げていた。
「研究部門ですか?」
教授はIDを睨むように見ながら言った。
「まあ、下っ端ですけどね」
それよりも教授は、まだタグ自体の方が気にかかった。
「ちなみに、そのIDは?」
「もしや、貴方はお持ちでないのですか?」
「ええ」
「おかしいな。島内に入る人全員に配られるはずですがね……もちろん観光を含めた民間人も」
その言葉に教授は拍子抜けしてしまった。
「そんなの、初めて聞きましたよ」
「もしかすると、手違いがあったのかもしれません」
「あるいは、私たちは政府の回しものだから嫌がらせかもしれません」
「はっはっは、おもしろいことを言いますね。合衆国の研究機関の人たちだって、ちゃんともらっているんですから、それは無いでしょう。それはそうと、僕はイマニシと言います。フレンズ達について生物学的観点から研究をしている部門にいます」
「よろしく、ヒダカです。だいたいは教授と呼ばれてます。私はサンドスターについての研究をしています」
そして教授は、非公式に共同体制を作ろうという考えについて、かいつまんで話しをした。
「なるほどですね。確かに共同研究ができればそれに越したことはないですよ。パークの方としても政府に声をかけているんですが、毎回うやむやにされる。そもそもこのパーク建設の計画を推進していたのは政府なんですが」
「仕方ないことだと思うよ。ダメなら自分達で何とかするしかない。それと明確に共同研究が禁止されているというわけでもないからな」
「そうです」
その時、店に新たに女性客が一人入ってきた。風貌からは合衆国か欧州出身と思われた。
「お、やっと来たようです」
その人物を見とめるなりイマニシ氏は言った。
「お知り合いですか?」
「教授の言葉を借りるなら、非公式のパイプを担う人物ってわけですよ。合衆国の研究機関とのね……」
その言葉を聞いた教授は、これからおもしろいことになりそうだと思ったのだった。
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