第5話 計器

 教授は拡大したセルリアンの映像をファイルに保存し、場所と日時の記録を残すと、「さてと、ミヤタケ君ジープを出してくれ。そろそろ空港に行こうか」と言った。

「荷物ですか?」

 ミヤタケ研究員は聞き返した。

「それもだが、新たに仲間が加わるというわけだ。さ、行くとしよう」

 それから教授達はジープと共に出発することにした。そして外に出たとき、二人は吹いていた風が思いのほか冷たいことに驚いた。

「なんだ。まるで季節外れの寒さだな」

 教授が呟いたが、その時に出た息は白かった。

 さらに空港へ向かう途中、空から灰のようなものが舞い降りてきた。

「何か降ってきますよ」

「雪? ははは、そんなわけないな。火山灰だろう」

 しかし、そのまさかの予想の方が正しかった。

「教授、やっぱり雪ですよ、これ」

「何だって? これから夏を迎えようとしているのに!」

 教授は一瞬、寒さのことも忘れてしまった。

「サンドスターの影響でしょうか?」

「もし、そうだとしたら驚くのは大げさといったとこかもしれない」

 フレンズ化現象だけでも驚きなのだ。サンドスターが要因なら、天候にまで影響を与えると言われても受け入れるほかなかった。


 ジャパリ島に到着した輸送機から降りたエーレンベルクも、外の寒さとチラチラと舞う雪に、「雪が降っているなんてどうなっているんだ。間違って南半球にでも来たか」と、思わず驚きの声を上げた。

「ええ、失礼、技術局から来たのは貴方ですか?」

 滑走路の近くで待機していた教授が彼に声をかけた。

「そうです。エンジニアのヘルマン・エーレンベルク。出身は欧州、サンドスター騒動が起きてから貴国の研究所に」

「そうですか。それはよかった」

「ただ、わざわざジャパリ島に来ることになんて、思ってみませんでしたよ」

 エーレンベルクは少し皮肉を込めて言った。


 彼らはそれから、荷降ろし作業が行なわれいる現場に向かった。

 エーレンベルクが輸送機から降ろされた木箱の一つに近づいて荷札を確かめると、「これが例のものです」と、手で軽く叩きなが言った。

「サンドスター濃度計か。もっと小さいかと思っていた」

 木箱は1メートル四方を超えるものかと思われた。

「その点はプロトタイプですから、しょうがないです。正直、まだ性能も未知数です。ほんとなら僕も小型化モデルの開発チームに加わるはずだったんですけどね」

「まあ、これはこれで車載用と言ったとこだな」

 教授はさも呑気な構えで呟いたが、はたして上手く行くのか不安と期待が入り混じった気分であった。そして、それはエーレンベルクも同じであった。


「ちなみに教授、パークとの共同研究は行なわれていますか?」

 荷物をジープに積み終わるとエーレンベルクはヒダカ教授に尋ねた。

「いいや、私自身としては共同研究ができればと思っているんだが、今のところ不定期の合同報告会のみが予定されている」

「どうしてです?」

「さあな、分からんよ。上からの指示なんだ。ここに来る前、共同研究の許可は出せないと言われた」

「やっぱりなぁ、ニッポニアの人たちはミステリアスだ……」

 エーレンベルクはニッポニアに来てからというもの、重要な事柄が常に後回しに、あるいは考慮の範疇外にあるように感じていた。

「おそらく政治的なしがらみ。というやつだろう。すまないが私にはどうすることもできんね」

 それら教授は少し間を置いて、「個人的な付き合いをするならば、また話は別だろうと思っているがね」と意味ありげなことを言った。

「と言いますと?」

「なに、ちょっと研究所の外に出かけて友人をつくろうかということだ」

 それを聞いてエーレンベルクは、なるほど、必ずしも杓子定規ではないということかと思った。公式なパイプが無ければ非公式に作ればいい、それはどこの国でも似た様なものだった。

「あてがあるのです?」

「いや、これから作る」

 そして、その楽観主義にも驚かされることになるのだろうと感じた。



 ジャパリ島で、まったく季節外れの降雪 ――しかも島内のごく一部―― が観測されたことは、またしても世界を驚かせた。

「サンドスターは気候にまで影響を与えるように見受けられる。もし、これを利用できれば、現在問題となっている気候変動をコントロールできるかもしれない」

 学者の中にはそんな言葉を口にする者もいた。だが、それはあくまでも人類がサンドスターを自在に操ることがでるのが前提の仮説にすぎなかった。

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