第3話 開始
ヒダカ教授らの活動拠点となる場所は、パークの研究施設の倉庫として使われる予定だった建物の一部であった。フレンズ騒動によって、これまでの施設の想定では、研究者や職員を収容しきれなくなったためだった。倉庫は急遽改修が行なわれていたが、最低限度だけで済まされて一般的な目線で見るとあまり快適な場所ではなかった。実際、それでもなお一部が倉庫としても使われるのだから当然のことに思われた。
「寒々とした感じですね」
助手のミヤタケ研究員がぼそりと言った。
「まあ、個別の部屋があるだけ十分だろう」
教授達は研究の内容柄、いわゆるフィールドワークというもので、様々な土地に出かけることが多かった。しかも、たいていは人里から離れた場所が多かったので、元が倉庫だとしてもシャワーやトイレ、それに個室まであれば十分快適だと感じていた。
「さて、この部屋は大判の机もあることだ。研究室として使うとするか」
「こっちの狭い部屋は、私の部屋にしてもいいですか?」
ヒダカ教授とミヤタケ研究員は各々思うことを口に出しながら、部屋を一つ一つ確認して回った。
「教授! トイレとシャワー室はなかなか広くてきれいですよ」
「そいつは上出来だな」
それから教授達は荷物を置いて一息つくと、今後について話をはじめた。
「とりあえず、始めの仕事はサンドスターについてのデータを集めることだ」
「なんだか漠然としていますね」
「そんなことはない。出来ることから始めるまでだ。なんといっても、これまでに行なわれてた調査は、まばらで簡単なサンプル採取と頂上付近の分布を地図に写しただけだからね」
教授は地図を広げてみせた。
「ともかく、火山周辺のサンドスターの分布調査とサンプルを採ることがしばらくの目標だ」
「それにしても火山周辺って、山登りですか?」
「まあ、心配するな。ジャパリ島の火山は比較的なだらかな地形だ。ジープで移動するのに問題はなかろう」
翌日、ヒダカ教授達は早朝から火山へ向かった。空には多少の雲があったが、おおむね良好な天気であった。
サンドスターのサンプルを採取し、地図上に場所を記録し、写真や映像を記録する。そして場所を移動して同様の作業を繰り返す。教授達はこうした淡々とした作業をこなしていった。
「教授、ちょっと一休みしましょう。疲れちゃいました」
昼も過ぎようかといったときにミヤタケ研究員が言った。
「そうだな。ここいらで休憩をするか」
教授も賛同した。
「それにしても教授、これほどまでのサンプルが必要なんですか?それに、サンドスターの出どころも、どう考えたって火山ですよね」
ミヤタケ研究員は昼食を食べながら言った。
「ああ、だがなミヤタケ君、科学と言うのは憶測ばかりで語るべきではない。説得力を持たせるためには相手を納得させるほどのデータが必要なんだ」
「分かってはいますけど」
「本当なら、サンドスターの濃度を計測するはずだったんだがな」
教授は残念気味に呟くように言った。
「なんですかそれ?」
「いやね、研究所の技術局に依頼しているんだが、予定が大幅に遅れているようなんだ。これまでにもサンドスターのサンプルは採取されてきたから、それをもとにして大気中のサンドスターを計測する機械を作るというアイデアがあるんだ」
「たしかに、計測器を設置したほうがはかどりますね」
「そうなんだ。長期的な分布変化や量の変化も調べやすくなるだろうからな」
教授達は火山のだいぶ高いところに登ったため、午後は早めに切り上げて戻ることにした。
そして火山の麓の雑木林に差し掛かった時だった。教授達の少し前方を丸みを帯びた黒っぽい物体が、まるで滑るようにして横切った。ミヤタケ研究員は慌ててジープを停めた。
「教授! 今の見ましたか」
ミヤタケ研究員は驚いていた。
「ああ、あれはセルリアンか?」
「ですが、セルリアンは青色じゃ……」
「いや、最新の報告では複数の色があるとのことだ。新種なのかもしれん」
意外にも教授は冷静そうな感じでいた。
“セルリアン”
それはサンドスターと同様に未知の存在であった。ただ、その振る舞いを観察するところからセルリアンには光を受容する感覚器 ――要は眼のことだ―― と思しきものがあり、認知機能を持っていることは確かなようであった。
つまりは生命体であるように思われた。しかしながら、確信を得るには至らなかった。生物としての性質があるようだが、その光沢のある外観からは無機物とも見てとれるように思われたからだった。他には、身体にある石のような形状の器官に強い衝撃を加えると、即座に分解消失するという大きな特徴があった。加えて、動物を捕食しているとも考えられた。
しかしながら、裏を返せばこの程度のことしか分かっていないということだった。
セルリアンの個体を捕獲することは容易であった。しかし、その特殊な性質によって解剖による研究は不可能に近かった。特に合衆国の研究グループは大量のセルリアンを捕獲しているようであったが、これといった成果が聞かれないことを考えると、研究は難航しているかのように思われた。
「セルリアンは、まさに未知の生命体だ。これまでにヒトが発見した生物の枠組みの外にあるといっても言い過ぎではないだろう」
発見当初、そのような発言する学者もいたほどであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます